Mのメモ

神経科学を専攻する大学院生の論文メモ。誤り等あればご指摘頂けますと幸いです。

アスパラ|増強されたスパインを特異的に退縮させる

Labelling and optical erasure of synaptic memory traces in the motor cortex

Akiko Hayashi-Takagi, Sho Yagishita, Mayumi Nakamura, Fukutoshi Shirai, Yi I. Wu, Amanda L. Loshbaugh, Brian Kuhlman, Klaus M. Hahn, Haruo Kasai

Nature (2015), AOP. doi:10.1038/nature15257

 

西研からNature。増強されたスパインを特異的に標識し、低頻度の持続的な光刺激によって退縮させることが可能な融合タンパク質, As-PaRac1(Activated synapse targeting Photoactivatable Rac1, 以降この記事ではアスパラと呼びます)を新たに作成しています。そして、これを発現するマウスに二つの異なる行動試験を行わせ、マウスのM1, L2/3において ”synaptic memory trace” があることを主張しています。概要は医学部のプレスリリースに載っていますので、本記事ではもう少し突っ込んでみます。具体的にはアスパラの作動原理を紹介し、そして実験プロトコルを詳細に見ながら、この論文で本当に synaptic memory traceの存在が示せているのか議論してみたいと思います。

 

■ アスパラの作動原理

ご存知の通りオプトジェネティクスはin vivoで神経細胞の活動を操作することによって、細胞の活動と行動の因果関係に迫ることを可能にしてきました。*1しかしながら、光学的な限界からそれらの操作の空間的な解像度は細胞レベルに留まっており、個々のスパインを操作することは不可能でした。スパインの操作はuncagingによって為されたりはしていますが、これは操作できる範囲が極めて狭い範囲に限られていました。よって、スパインと記憶の相関関係は積み上げられてきましたが、操作を行うことによって因果関係に迫るような知見は存在しませんでした。

 

そこで筆者らは光学的に特定のスパインを叩くのではなく、タンパク質やmRNAの特性をうまく利用して特定のスパインをラベルすることが可能な新規タンパク質を作り、そこだけ叩けるようにするという戦略をとりました。それがアスパラです。アスパラの構成モジュールは以下の4つ。

  1. Photo-activatable Rac1 - コレ自体融合タンパク質なのですが。初出は2009年。青色光によって乖離するLOV2とJ-alphaを利用します(BLINK1でも使われていたモジュールですね)。これらが会合している時はRac1の活性部位に覆いかぶさっているようにうまく構造を調節し、光を当てた時のみRac1の活性を上げています。ただし、オリジナルのものはbaselineの活性が高く、ニューロンに導入すると異常な形態を形成するため、今回新たに変異を導入することでbaselineの活性を下げています(Ex Data 1)。
  2. DTE - arc mRNAの3’末端非翻訳領域にあり、Arcがスパインへ移行するのに必須な配列。
  3. PSDd1.2 - ポストシナプスに局在しやすくなるが、PDZ結合タンパク質とは相互作用しないタンパク質。
  4. Venus - おなじみ強化型YFP。

Fig. 1-3はこのアスパラの機能確認です。主な結果は以下の通り。

  • アスパラはin vitro海馬で増強されたスパインに集積する(Fig. 1)|DIV11の海馬培養スライスにジーンガンでCAGプロモータ制御下のアスパラとCAGプロモータ制御下のmRFPをトランスフェクション。2-4日後に撮影。タンパク質合成依存的なスパインの増大を単一スパインによって引き起こした(forskolin灌流+glutamate uncaging)。結果、uncagingを受けたスパインでアスパラの集積が確認された。一方で、タンパク質合成非依存的なスパインの増大ではアスパラの集積は確認されなかった(glutamate uncagingだけ。こんな違いあったんですね)。なお、増大したスパインの近傍スパインではアスパラの集積は見られなかった。
  • アスパラはin vivo M1でも新生+増強されたスパインに集積する(Fig. 2a-h)|SARE(Arcのエンハンサー配列のうち必要なものだけ取り出し短くしたもの。これのおかげでウイルスに載せられる長さになる)+ArcMin(Arcのプロモータのうち必要なものだけ取り出し短くしたもの)の制御下でアスパラをE14.5にてin utero electropolation(スパースな細胞集団に発現させるため)。一緒にCAGプロモータ制御下のDsRedも入れる。P60以降にロータロッド試験。学習後のスパイン増大とアスパラの蛍光強度増大に正の相関が見られた(ダブルポジのニューロンでは、新生スパインの94%、増大スパインの95%をラベル。その他のスパインは12.9%をラベル)。なおアスパラは細胞体にも発現している(これ後の実験結果の解釈に効いてきます)。
  • アスパラがスパインに残る期間はまちまちだが、学習によって増大したスパインほど残りやすい(Fig. 2i-k)|アスパラがスパインに残る期間にはスパインによってバラつきがあった(0-1,2日)。学習によって新生・増大したスパインほど長い期間残る傾向があった(学習後24h以上アスパラが残ったスパインは48h以上構造的な増大が見られていた。大体のアスパラは48hで消失)。このような集積期間の違いは学習に関わった細胞集団の再活性化によるものではないかと考察されている。
  • アスパラはin vitro海馬培養スライスでスパインを退縮させることが可能である(Ex Data 6)|持続的なRac1の活性化がスパインの退縮を引き起こすことが知られている。そこで、in vitroでアスパラに持続的な青色光照射(5秒に一回、200 usの青色光照射を10回。Interval 4minで2セット)を行ったところ、スパインの退縮が観察された。なおCAGプロモータの制御下でもshrinkageは起こるものの、SARE+ArcMinプロモータ下の方がスパインの退縮の度合いが大きかった。
  • アスパラはin vivo M1 L2/3でスパインを退縮させることが可能である(Fig. 3 a-d)|観察窓の上から光ファイバーで持続的な青色光照射(1秒に一回、150msの青色光照射を3600回=1時間。Vitroでの活性化条件とかなり異なる。後で重要になってくる)。少なくとも脳表から100 umまでの深さでアスパラ発現スパインの退縮が観察された。
  • アスパラはin vitro海馬培養スライスでスパインを機能的にも弱め、隣接するスパインや細胞体には影響しない(Fig. 3e-f)|構造だけでなく機能も弱めているかを確かめるため、海馬スライスにGCaMP6とmRFPとアスパラ(ただしVenusをシアン蛍光を持つmTurquoiseに置換)をトランスフェクション。樹状突起を持続的に光照射。アスパラを持つスパインではカルシウムトランジエントの強度・頻度の減弱が見られたが、隣接するスパインや細胞体では見られなかった。

 

コメント

  • Vitroでは樹状突起しか刺激していませんが、組織透過性の低い青色光を脳表から当ててるだけとは言え、Vivoでは細胞体も刺激する可能性は否定できません。そしてアスパラは細胞体にも発現しています。Vivoの刺激条件ではアスパラ発現スパインが非発現スパインよりも退縮が大きいことは確認されていますが、細胞体でRac-1シグナルが走っている影響はどのように現れてくるのでしょうか。
  • vivoでの刺激プロトコルがvitroでのそれとかなり異なっています。なぜこのような違いが生まれたのでしょうか。
  • 個人的には、Arcと言えば奥野先生と尾藤先生の Inverse tagging の印象が強かったので、今回のように増強されたシナプスに限局するような形で使われているのは意外でした。実際増強されたシナプスに行くという知見も2000年前後で出ているのですね。arc mRNAの転写後修飾や翻訳が、どんな条件のときに、どのようにして為されているのか気になるところ。
  • CAGではなくSAREを使っているのがポイントのようです。曰くArc発現ニューロンは良く再活性化するからendogeneousなRac1の活性が高く、それに上乗せする形で効果を表すことができているんじゃないか、とのこと。
  • LOV2とJalphaの構造が良くわからないので、アスパラが二光子励起でRac-1活性を出さないのか自分には不明でした。誰かわかったら教えてください。

 

 ■ synaptic memory traceは本当に存在するのか?

Engramといえば細胞レベルで示されてきましたが、ここではシナプスレベルでのEngramというべき、Synaptic memory traceの存在を主張しています。主な根拠は以下の通り。

 

  • アスパラの光照射によって学習が阻害される(Fig. 4a-h)|AAV5のSARE-ArcMin-AS-PaRac1とCAG-mRNAを両側のM1にCo-infection. ローターロッドトレーニングの後、持続的な光照射、再びロータロッド試験。トレーニング直後、および一日後の光照射でロータロッド試験の成績が低下した。一方で、アスパラが学習によって増大したスパインに殆ど残らなくなる二日後の光照射では、成績の低下は見られなかった。スパインの増強は自発的にもランダムで起こっていることを踏まえると、二日後の光照射時もいくつかのスパインはアスパラを持っているはずである。このことから筆者らは、記憶に関わったスパインのみを選択的に抑制することが、記憶を阻害することにつながったと主張している。
  • 異なるタスクにおいては異なるスパインがリクルートされる。行動の場合(Fig. 4i-k)|異なるタスクにおいて異なるスパインがリクルートされているのか、行動レベルで因果関係に迫るため、ロータロッド試験の二日後にビーム試験(綱渡り)を行わせ、光照射を行ったところ、その後のローターロッド試験の成績には影響が出なかったが、ビーム試験の成績は低下した。
  • 異なるタスクにおいては異なるスパインがリクルートされる。イメージングの場合(Fig. 5a-e)異なるタスクにおいて異なるスパインがリクルートされているのか、相関関係をみるため、IUEによってスパースにCAG::mRNAとArc::アスパラを発現させて先ほどと同様のタイムコースで二つの行動試験を行った。結果、異なるタスクにおいては異なるスパインが増強を受けることがわかった(全体の約4%が最初のタスクに、3%が二回目のタスクにリクルートされ、二つのタスクにリクルートされていたのは>1%程度)。
  • 同じタスクにおいては同じスパインがリクルートされる。(Fig. 5 f-n)|同じタスクにおいて同じスパインがリクルートされてくるのか、相関関係を見るために、ローターロッドタスクを終わらせた後にスパインを退縮させ、またトレーニングを行った。すると、トレーニングを行った後光照射を行い、再トレーニングは行わずホームページで飼育した群に比べ、有意に同じスパインにアスパラが集積しやすいことがわかった。

 

コメント

  1. 非常に面白いのですが、Fig. 4の結果の解釈には慎重にならざるを得ないと思います。アスパラのプロモーターとして、CAGではなくSARE-ArcMinを使っている。Fig. 3まではこのプロモータを利用する目的として、学習に関わった神経細胞を見やすくするためとか、ソッチの方がよりアスパラの影響がでやすいからという大義名分がありました。しかし、今回のように学習に関わったスパインの行動に対する影響だけを見たいのならば、アスパラ発現細胞集団そのものの変化というクロスファクターが入りうるSARE-ArcMinを用いるのは不適切ではないか?と思います。まぁ、タンパク質のターンオーバーがどれくらいなのかにもよりますけど。CAGをプロモーターとして全ての細胞についてアスパラを発現させるのがより正しいアプローチかな?と思います。
  2. 加えて、先ほども指摘しましたが、in vivoでの光照射プロトコルが長いです。またvivoでは樹状突起特異的ではなく細胞体にも光が届いている可能性は否定できず、アスパラは細胞体にも発現していることが報告されています。このプロトコルで細胞体の発火自体に何らかの影響が出ている可能性は否定できないのではないかと思います。

 

最近のオプト界の流行りとしては、光学的な手法, SLMを用いて空間的に限局した細胞を叩くといったことが挙げられますが(TankとかHausserとかDeisserothとかYusteとか)、その制御範囲の限界から行動までコントロールすることは難しいかもしれないという懸念がありました。今回のアスパラは空間分解能を高めながら広範囲を叩くという、光学的アプローチでは満たすことが不可能だった二つの要件を、遺伝学を用いて一気に解決してしまったという爽快感!があります。コンセプト的な新しさ、個々の実験のレベルの高さ、データの多さにも圧倒されましたが、随所に条件検討の痕跡が見られ、頭が下がります。ただ完璧なせいで逆に気になってしまうところもあるわけで、ちょっとした批判の余地を残しています。自分がもしレビュワーならば、以下の3つの実験を要求するだろうなと思いました。

 

  1. vitroで、vivoと同じ条件で光照射をした際に、細胞体や隣接するスパインに影響は出ないか。
  2. AAV5-SARE-ArcMin Venusの学習後の経時的なイメージング。発現細胞にどれだけばらつきがあるか。ターンオーバーの速さは。
  3. CAG-アスパラによって行動試験の結果が再現されるか。

*1:この言い回しは良く使われますが、ウイルスの発現量が同じウイルスでも作るラボによって全然異なったり、光照射のプロトコルによって結果が全然違ったり、そもそも本当に生体内での活動を模しているとは言い難いので、因果関係と主張するのは誇張ではあります。特にGOFについては。