Mのメモ

ポスドクの論文メモ。神経科学関連のツールに触れることが多め。

“Prospective” にAAV搭載可能な細胞種特異的エンハンサーを探索する

Prospective, brain-wide labeling of neuronal subclasses with enhancer-driven AAVs

Lucas T. Graybuck, Adriana E. Sedeño-Cortés, Thuc Nghi Nguyen, Miranda Walker, Eric Szelenyi, Garreck Lenz, La’Akea Sieverts, Tae Kyung Kim, Emma Garren, Brian Kalmbach, Shenqin Yao, Marty Mortrud, John Mich, Jeff Goldy, Kimberly Smith, Nick Dee, Zizhen Yao, Ali Cetin, Boaz Levi, Ed Lein, Jonathan Ting, Hongkui Zeng, Tanya Daigle, and Bosiljka Tasic
bioRxiv, posted on January 31, 2019, doi: https://doi.org/10.1101/525014

【概要】

  • 既存Creマウス等の細胞について、scATAC-seq*1を行い、既知のscRNA-seqデータと対応付けてエンハンサー候補配列を推定。
  • AAV-PHP.eBや全脳イメージング等を用いた評価系で、皮質L5のPTニューロンとITニューロン特異的(ある程度のオフターゲットはまだあるが)なエンハンサーを同定。


【背景】
一般に細胞種特異的なラベリングはCreマウスを用いて行われますが、AAV搭載可能なエンハンサーだけでこれが行えれば、実験スループット向上やヒトへの応用が見込めます。ただし、これまでそのようなエンハンサーは少数しか見つかっておらず、システマチックに新規のエンハンサーを同定するような試みが待たれていました。

そんな中、大量のCreマウスを保有するAllen Instituteから、既存CreラインやCAV-Cre, scATAC-seqとscRNA-seq、AAV-PHP.eBを組み合わせ、”Prospective” *2に新規のエンハンサーを2つ釣ってきた、という発表がありましたのでご紹介。


【結果】
Fig. 1は実験スキーム。以下の通り。

  1. 25種のCre-reporterラインの掛け合わせマウス、あるいは異なる3か所にCAV-Creを打ったレポーターマウスについて、V1をセクショニング、FACSにかけてtdTomatoポジの細胞をsingle cellに分離。
  2. 各細胞をscATAC-seqにかけ、その結果に基づいてクラスターを作成。個々のクラスターについて、細胞種のマーカー遺伝子転写開始点へのアクセシビリティ(転写開始点±20 kbpのATAC-seq結果)を、scRNA-seqのデータセットから得られる各遺伝子の発現量と対応付け、細胞種を同定(Tasic達が去年発表したscRNAデータに基づいた分類。こんなんでうまくいくんだーというのが個人的に結構びっくり)。
  3. クラスターについて、種間保存性が高い、~500 bp程度のエンハンサーらしき配列を推定(scRNA-seqの結果から狙いたい細胞種の特異的マーカーとみられる遺伝子のTSS ±1 Mbpについて、scATAC-seqの結果から探索。ここはマニュアルらしい)
  4. 該当配列をクローニングしてミニマルプロモーターに結合、その制御下でリコンビナーゼまたは蛍光タンパク質を発現するようなpAAVを作成し、AAV-PHP.eBでパッケージング
  5. 作成したAAV-PHP.eBを(レポーター)マウスに打ち込み、2週間後に発現パターンを組織学的に観察またはFACS→scRNAで細胞種を同定

Fig. 2では実際にscATAC-seqから作成されたクラスターが示されており、綺麗に分かれている様子が見て取れます(Fig. 2c, d)。また、それぞれのクラスターはscRNA-seqのデータから既知の細胞種の発現パターンに相関するようです。そして、筆者らは特に、V1のL5が3種類の細胞種(IT:他皮質に投射, PT:視床に投射, NP: 近くの細胞に投射)に分かれること、ITとPTを分けるエンハンサーが未知であることから、ITもしくはPTスペシフィックなエンハンサーを釣ってくることを目的としました。そのために、ITとPT両方をラベルするRbp4-Creのデータと、視床に打ち込んだCAV-Creのデータから、PTだけでオープンになっている配列4種類程度と、ITだけでオープンになっている配列2種類を同定し、これをクローニングしています(Fig. 2e.f)。

Fig. 3はこれらの制御下で蛍光タンパク質を発現するようなAAV-PHP.eBを作成し、マウスV1に局所投与した結果です。Fig. 3bが発現の様子で、2つのエンハンサーでL5での特異的な発現が見られました(Fig. 3a,b, mscRE4とmscRE16。mscRE: mouse single-cell regulatory element)。特に、mscRE4でラベルされた細胞をFACSで単離したところ、90%以上がL5のPTニューロンであることがわかりました(FIg. 3c)。このような細胞の電気生理学的な性質も既知のPTのものと一致することが示されています(Fig. 3d)。

Fig. 4, 5はこれらの制御下で様々なリコンビナーゼ(FlpO, iCre, dgCre,)またはtTA2を発現し、それぞれに適したレポーターラインにAAV-PHP.eBを静注した際の結果です。dgCreを除いたリコンビナーゼとtTA2で特異的なL5特異的な発現が見られていますが、その効率や特異性はタンパク質によって異なることがわかりました(Fig. 4a)。特に特異性の高かったFlpOについて全脳の発現を2-photon tomographyで見たところ、mscRE4 では皮質で発現する細胞の87.5%がL5のPTを、mscRE16 では42%がL5のITをラベルしていることがわかりました。ただし、他の脳領域において予想外のラベリングを相当量していることもわかりました (Fig. 4b, c、Fig. 5a-c, Supp Fig. 11)。


【感想】
オフターゲットは多いですが、mscRE4くらい特異性が高ければ、AAV-PHP.eBの静注でCreを発現させて、局所性が担保されている領域にCre依存的に発現するような配列を有するAAVを打ち込む、という使い方はできそうですね。他グループからもATAC-seqを用いた類似報告が上がってきていますが(それはそれでDNA barcodeを使っている等の工夫があって魅力的なのですが)、Creマウスとマンパワーを大量に保有している点で、この辺はAllen Instituteが蹂躙していきそうな気はします。

最初パッと見た時は同じ細胞からscATAC-seqとscRNA-seqをしたのかと思いましたが、そうではなく、scATAC-seqのデータを、既存のscRNA-seqのデータと対応付けていたのが意外でした。そんなにうまくいくのね。あと、TSS±1 MbpのATAC-seqデータからputativeなエンハンサーを探してきたそうですが、その過程がマニュアル(職人技)なのが少し気がかりで、ここを自動化できたらより汎用性の高い手法になるんじゃないかな、と思いました。

搭載可能遺伝子配列長の制限、力価・個体による感染効率のバラつき、トロピズム、オフターゲット等の問題はついて回りますので、全てのCreマウスが不要になるということは無いと思いますが、ワクワクする論文でした。ただし、25種類のCreマウスを用いてこれだけしか見つからなかったのか、あるいは今色々と見つけている途中なのかは明記されていなかったので、スケーラビリティについての判断はまだできないです。つまりこのアプローチが『見込みがある』という意味でProspectiveかは、まだわからん、と(うまい)。これから数年でバンバン新たなエンハンサーが報告されることに期待しましょう!

注意すべき点としては、力価やリコンビナーゼの選択によって特異性に若干の変化が出ることです(Supp Fig. 9, 10)。単純に、『このエンハンサーを使えば狙った通りの細胞が100%ラベルできる!』と考えてこのツールを用いると、思わぬ落とし穴にハマるかもしれません。例えば別のエンハンサーを組み合わせるとか、undesiredな細胞種でmRNAの分解が促進されるような3’UTR配列を加える等、よりロバストかつタイトな標識を実現するための工夫はまだ必要そうです。

*1:ATAC-seq: hyperactiveなTn5 transposaseをアダプター配列と共に細胞に入れると、オープンクロマチン構造にアダプター配列が挿入される。そして、アダプター配列を対象としたプライマーで配列を読めば、オープンクロマチン構造を同定できる。

*2:特定の配列でラベルされた細胞をRNA-seqで読んで標識特異性を検討してきたこれまでの研究を”retrospective”と呼び、既にある程度特異的にラベルされたCreマウス等の細胞をsingle-cellで読んでエンハンサーを探してくるのを”prospective”と呼んでいるようです(その効果の評価過程は”retrospective”とあまり変わらないような気もしますが)