Mのメモ

ポスドクの論文メモ。神経科学関連のツールに触れることが多め。

四面体形のモノマーとクリックケミストリーで歪みの少ないExMを実現

A highly homogeneous expansion microscopy polymer composed of tetrahedron-like monomers
Ruixuan Gao, Chih-Chieh (Jay) Yu, Linyi Gao, Kiryl D Piatkevich, Rachael L Neve , Srigokul Upadhyayula & Edward S Boyden
bioRxiv, posted October 22, 2019., doi: https://doi.org/10.1101/814111

【概要】
四面体形分子構造を持つ(Tetrahedral)モノマーのラジカル非依存的な重合(クリックケミストリーを用いた相補的な重合)により、ダイヤモンド構造の”tetra-gel (TG)” を形成(モノマーの腕にはアクリレート基がついていて膨潤可能)。そこにサンプルを埋め込み、歪みの少ないiterative Expansion Microscopyができることを示した。

【背景】
Expansion Microscopy(ExM)は試料中の観察対象を吸水性に優れたゲルに共有結合した後、組織中のタンパク質をプロテアーゼで分解し、水につけてゲルを膨潤させることにより、普通の顕微鏡でも超解像的な像を得ることを可能とする手法です。触れ込み上は”homogeneousな拡張を実現する”となっているこの手法ですが、もちろん多少の歪みは存在します。その原因の一つに、ラジカル重合をすることにより生じる~10 nmスケールでのゲル構造の非均一性が挙げられます(Fig. 1aで後述)。
今回Boydenらは、ゲル生成に用いられているモノマーの構造と重合方法を工夫することによって、ゲルの構造をより均一にしたExMを実現する方法を開発しました。さらに、この方法を1st roundに用いたiterative ExM(iExM)を行うと、標本の歪みが少なくなることを報告しました。
iExMについてはこちらをご参照ください。
http://tak38waki.hatenablog.com/entry/2017/09/08/000547

【手法と主要な結果】
Fig. 1 今回開発したTetra-gel (TG)の説明
従来手法のようなアクリル基&ラジカル重合を用いたポリマー合成では、ゲルにナノスケールでの歪みが生じる(Fig. 1a、モノマーや重合開始剤の濃度のゆらぎ、重合が続かずに出来てしまった末端構造、ループ構造などが原因)。そこで、重合可能な官能基を空間的に均一に広げる、Tetrahedralなモノマーを新規に作成した(Fig. 1b)。更に、クリックケミストリー(アジドとアルキン)を基盤にしてゲル組成が制御された重合反応を行った(Fig. 1c)。なお、用いるモノマーは2種類(2つ目に亜種が3つ。2’, 2’’, 2’’’と呼称)で、どちらもTetrahedralな構造。

  1. モノマー1:アジド側。四方向にアクリル酸ナトリウムの腕を伸ばして末端にアジドを持つモノマー。
  2. モノマー2:アルキン側。四方向にPEGの腕を伸ばし、末端にアルキンを含む官能基を持つモノマー。官能基は目的によって三種類の使い分け(2’ DBCO、アルキンを持つ基本的な構造。2’’ BCN、拡散時間を担保するためにクリック反応への参加を遅くしてあるもの。2’’’ SS-DBCO、iExM用に切断可能なジスルフィド結合を持っているもの)

Fig. 2 細胞、および脳スライスでのTG-based ExMデモ
大体3倍くらいになる(Fig. 2a、ちなみに普通のExMは4.5倍)。抗体を用いて細胞のα-tublinを染色し、NHS-azideによって抗体&組織中のタンパク質にアジドを付加(ゲル中に架橋可能になる)、モノマー1と2’を用いたTG-based ゲルによる拡張前後のイメージングしたところ、ほぼhomegeneousな拡張ができていた(Fig. 2c,d)。
また、組織でも本手法が適用可能か検討するためにThy1-YFPマウスに対してanti-GFP抗体を適用し、NHS-azide を処置後、TG-based ExMを行った。この際、組織への浸透を挙げるためにモノマーは2’’を用いている。スパインが綺麗に見えるくらいには拡張できる(Fig. 2e)。
なお、シアニン系の蛍光色素はラジカルによってクエンチするが、今回の手法はゲル生成にラジカルを使わないので、これらの蛍光色素を用いた標識法をゲル形成前に行っていても蛍光が残る(Fig. 2f,g)。

Fig. 3 TG-basedのiExMデモ
TG-basedのiExM。1st roundをモノマー1と2’’’を用いたTGゲルで行い、2nd roundを普通のExMで用いられている組成(アクリルアミドとアクリレートからなるポリマー)で行う(Fig. 3a)。iExMの2回目をTG-basedなゲルで行わない理由は特に示されず。HeLaに適用。16倍程度になるらしい。β-tubulinの内部構造が見えるくらいに拡大できるし(Fig. 3b-d)、2色使いもできる(Fig. 3e)。

Fig. 4 普通のiExMとTG-based iExMによって生じる標本歪みの定量比較
ウイルス(HSV-1)に対して通常のiExMとTG-basedのiExMを適用し、どの程度標本の歪みに差が出るか観察。なお、通常のように、一次抗体&二次抗体&オリゴヌクレオチドを用いたゲルへの架橋、を行った際、標識した蛍光の空間局在は本来標識したい分子から21 nm程度ずれるそうです。そのため、このブレをなるべく排除するために、より直接的なラベリング方法を作っています(Fig. 4a、ウイルスエンベロープ上のタンパク質非特異的にアジド修飾されたオリゴヌクレオチドを結合)。この標識法ではズレは7 nm程度に抑えられるそうな。
んで、通常のiExMとTG-basedのiExMをパフォーマンスを比較。TG-basedなiExMの方が得られる像の直径の分散が小さいことがわかった(Fig. 4b-d、9.2 nm vs 14.3 nm)。HSV-1はほぼ球状をしていることが電顕で知られているため、TG-basedなiExMの方が歪みが少ない拡大を成し遂げていると示唆されました。

【感想】
一見地味な進歩ですが、ExMで何かを定量する、といった応用を考えている人には大きいかもしれません。いや~、ポリマー化学の生体試料への応用は面白いことがいっぱい考えられていいですね。特定の目的のために独自のモノマーを合成する、という突破力と、Fig. 4での証明の仕方(ウイルスエンベロープが球状になっていることを利用した定量)のエレガントさが個人的に好きです。

著者らはこの手法について、『原理は示したが、まだ日常の研究利用に適したプロトコルになっていない』としており、まだ少なくとも4点発展の余地があるとしています。一応以下に列挙しておきますが、まぁ、この辺の問題はきっと解決してくれるのでしょう。

  • モノマーが市販されておらず、自分で作る必要がある
  • 標識部の架橋をアジドで行っているので、その部分のゲル構造が壊れてしまう
  • モノマーの大きさが可変だが、どのくらいの大きさが一番良いのかは不明。この辺のパラメーターは浸透や膨張度合いに効いてきそう。
  • 普段使いしている抗体を使っても、標識によるシグナル局在のブレが大きいため、ゲルがゆがみづらいという恩恵を受けづらい

ところで、このゲルとオリジナルのiExMの1st roundで使われてたゲルを交互に行えば、Expansion stepを無限に繰り返せそうな気がするんですが、どうなんですかね。Supplementary Fig.5では、取り敢えず、今回のゲルを1st roundに、2回目以降を従来のiExMのやり方で行うと、3rd roundまでできる(×40)ということを示しています。