Mのメモ

ポスドクの論文メモ。神経科学関連のツールに触れることが多め。

PhOTseq: Caイメージング結果に基づいて任意の細胞を標識し、RNA-seq (ただしまだex vivo、鋤鼻器)

Sensory coding mechanisms revealed by optical tagging of physiologically defined neuronal types
Donghoon Lee, Maiko Kume, Timothy E. Holy
Science, 13 Dec 2019: Vol. 366, Issue 6471, pp. 1384-1389 DOI: 10.1126/science.aax8055

【概要】
GCaMP-2A-PAmCherry (photoactivatable mCherry) 発現->Caイメージング->局所的な光照射によるPAmCherryのphotoactivation-> FACS -> RNAseqにより、ex vivoカルシウムイメージングの結果を受けて特定の細胞種を標識し、その遺伝子発現プロファイルを調べる手法を作成。この手法を利用し、鋤鼻器に存在する感覚神経の反応特性と発現する受容体の対応付けを行った。


【背景】
生理学的な活動特性に基づいて神経細胞を分類し、それを遺伝学的情報と対応づけるのは、発生系の研究をはじめ、様々な研究への応用が考えられる重要なアプローチと言えます。しかし、そのための既存手法は、以下のようにいくつかの欠点を抱えていました。

  • c-Fos等の最初期遺伝子を用いた標識:時間分解能に乏しい
  • パッチ内液のRNA-seq:スループットに優れない、発現量が乏しいマーカーを見つけるのは困難

今回ご紹介するのは、このような問題を解決する、カルシウムイメージングの結果に基づいて特定の細胞集団を標識し、その遺伝学的情報を調べる手法です(PhOTseq: physiological optical tagging sequencing)。


【手法と主要な結果】
Fig. 1 PhOTseqの概要(A)とEx Vivoでの実用性確認実験(B-G, ただしFACSまで)
GCaMP5g-2A-PAmCherryを鋤鼻器の感覚神経(VSN)にTetシステムを用いて発現(OMP-IRES-tTA::tetO- GCaMP5g-2A-PAmCherry)。鋤鼻器上皮を摘出、シート状にしてVSNのex vivoイメージング。2種類のリガンド(A7864, E1050)をバスアプライ。オンラインで画像解析し、両方のリガンドに反応する細胞群のマスクを作成。マスク部にだけ光照射するような自作コード(詳細不明)でPAmCherryをPhotoactivation(A-D)。
→狙った細胞でmCherryの蛍光が上がっていることを共焦点顕微鏡によるpost-hocなイメージングで確認(E)。FACSにかけたところ、photoactivationを行った群でのみ、mCherry蛍光が強いクラスターが観察された(F, G)。

Fig. 2 化合物への応答性に基づいたVSNの分類と対応する受容体(VR)発現の検討
ライトシートを用いて全体の10%程度(15,000個)のVSNを一度にイメージング。VSNのスライスに対し、15種類の化合物(そのうち6種は異なった濃度でも検討)を順次適用し、応答特性の違いからVSNをクラスタリング(なお、VSNが発現するVRの内、リガンドがきちんとわかっていえるのは12種類のみ)。結果、20種類のクラスターに分かれた(A,B)。これらのうち、異なる5つのクラスターについて、それぞれ二光子顕微鏡を用いたイメージングでタグ付けし、FACS、RNAseqを行った(それぞれ40-65個の細胞)。VSNの反応特性は発現するVRによって定まると考えられているため、各クラスターにおいて発現しているVRを調べたところ、各クラスター毎に豊富に存在するVRがほぼ一つに定まった(C-E)。本筋から外れるが、Vmn1r86を発現した細胞には弱いVmn1r85の共発現が見られた(1神経1受容体じゃないんだ)。

Fig. 3 同定したVRの過剰発現による十分性の検討
同定したVRを発現させたときに各化合物への応答性を誘導できるか検討するために、P0.5マウスのTransvers SinusにAAV2/8 CAG-GCaMP-2A-VRをインジェクション(A)。Fig. 2で同定された各VRを発現させたところ、想定通りの応答が見られた(B-D)。

Fig. 4 生理的な応答性が近いVSNが発現するVRアミノ酸配列も類似している
VRアミノ酸配列と応答性に対応があるかを調べた。まず分子系統解析をしたところ、生理学的な反応性が類似していたクラスターたちが発現するVRでも、別の枝に存在する(=進化的な距離は遠い)ことが分かった。ただし、VRアミノ酸配列の類似度をClassical MDSにかけたところ、生理学的な反応性が類似していたクラスターが発現するVRは、実際にはアミノ酸配列が類似していることがわかった(分子系統解析がうまくいってないだけのような気もするけど、そうであったとしても、この事実は非自明だし面白いとは思う)。


【感想】
Scanzianiが類似した系を利用して同じようなプロジェクトに取り組んでいるという噂を5年ほど前に聞きましたが、ex vivoでやったTim Holyに先を越されたという印象。PAGFPじゃなくてPAmCherryを使ったのが良かったのか、in vivo V1じゃなくてex vivo VSNでやったのが良かったのか。PhOTseqが、in vivoでもうまく働くのか、気になるところですね(一応本論文Fig. S2でphotoactivationできることは示されているが、狙ったものなのか、また、FACS等に回せるのか、等は示されていない)。例えば、特定の方位選択性を持つニューロンや、高発火頻度のニューロンといったような、遺伝学的な情報のみならず、周囲や自分自身の活動依存的に個性を獲得していくような細胞群にもマーカーはあるのか?といったような問いもできそう(まぁ、無いと結論づけるのはかなり難しそうだけど)。