Mのメモ

ポスドクの論文メモ。神経科学関連のツールに触れることが多め。

CRISPR/Cas9

Multiplex Genome Engineering Using CRISPR/Cas Systems
Le Cong, F. Ann Ran, David Cox, Shuailiang Lin, Robert Barretto, Naomi Habib, Patrick D. Hsu, Xuebing Wu, Wenyan Jiang, Luciano A. Marraffini, Feng Zhang
Science 339, 819-823 (2013)


少し古いですが、またFeng Zhangラボから。さて、Scienceのブレイクスルー・オブ・ザ・イヤー2013では『CRISPR/Casを利用した哺乳類におけるゲノム編集』 がいの一番に取り上げられていました。我々の研究室ではマス作成や遺伝子をイジるような研究はあまり行われていませんが、CRISPR/Casはその簡 便さ・応用可能性の広さから今後様々な研究で用いられることが予想されます。というか、もう既にそのような研究はかなり行われています。その証拠に、この 論文は去年の2月15日に出たばかりなのにもう293回も引用されています(1月20日現在)。

そこでこの記事では、CRISPR/Casがどういうものか、また、何が凄いのかを解説したいと思います。



■ CRISPR/Casは何が凄いのか

  • ヌクレアーゼ単体では、特異的に結合するDNA領域が短いせいで、(プラスミドならまだしもサイズの大きい)ゲノムに適用すると多数の場所を切ってしまい、ゲノム編集に利用するのは困難だった。
  • そこで、ヌクレアーゼに特定のDNA配列を認識するタンパク質(ZfやTALEなど)を融合させることにより、特異的に結合するDNA領域を延長し、ゲノム編集を技術的に可能にした。
  • しかし、ゲノムDNAを認識する領域は構造を制御するのが難しいタンパク質でできているため、任意の配列に結合するものを作成するのに年月を要した。
  • 一方で、CRISPR/Casシステムでは、ゲノムDNAを認識する領域がRNAでできており、任意の配列に結合するものを作成するのに時間を要さない。
  • そのため、CRISPR/Casシステムはゲノム編集を爆発的に加速させる。


つまり、ゲノムDNAを認識する領域を設計するのが難しいタンパク質から、設計するのが簡単なRNAにシフトした、ことが一番のキモのようです。




■ CRISPR/Cas9が働くしくみ

用語

  • CRISPR - Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats。バクテリアに見られるDNAの配列です。クリスパーと読みます。24-48塩基の回文構造を持った配列(direct repeats, DR)が幾つも並んでいて、その間に30bp程度の異なる配列(スペーサー)がいくつも並んでいます。
  • Cas - CRISPR associated ヌクレアーゼ。
  • CRISPR/Cas system - 上記二つが関わって働く原核生物・真核生物の持つ免疫機構。関連タンパク質の働き方、関連RNA、ターゲットとするDNAが一本鎖か二本鎖かの種類によって3タイプに分けられます。
  • Cas9 - type2 CRISPR/Casシステムにおいて働くCRISPR associated ヌクレアーゼ。
  • Protospacer - 本来は、外来DNAの配列のうち、スペーサーとしてCRISPRに取りこまれたもの。ここでは、ゲノム上の任意の狙いたい領域という意味で用いられる。
  • PAM - protospacer adjacent motif。プロトスペーサーから3’側に隣接する3塩基ほどの領域で、Casごとに認識できる配列が決まっている。つまり、Casの特異性はプロトス ペーサーだけでなくこのPAMにも依存する。PAMとDRが異っているおかげで、Casは外来DNAを除去してもCRISPRを除去することはない。
  • crRNA - プロトスペーサー相補的な配列を持つ認識領域として機能。
  • tracrRNA - Cas9が働くためにもうひとつ必要な配列。crRNAと一部相補的な配列を持つ。

 
もともとはCRISPRはバクテリア古細菌の免疫機構として発見されたものです。type1,2,3によって微妙に異なるのですが、ここではCRISPR/Cas9の所属するtype2について解説を行います。

バクテリア古細菌のゲノムの一部では24-48塩基のある回文構造を持った配列が幾つも並んでいて、その間に同じ長さ程度の異なる配列がいくつも並んでいます(図、CRISPR arrayと書いてある部分)。
もし外来DNAが来るとCas1,2がそれを切断して30塩基ほどにし、DRの中に組み込みます(protospacer)(図、Cleavageからinsertionの部分)。
CRISPRはバックグラウンドで常にmRNAとして転写されており、RNaseが回文構造の部分でそれらを切り取ります(crRNA)(図、transcriptionおよびprocessingの部分)。
も しプロトスペーサーとPAMを持った外来DNAが来ると、Cas9は対応するcrRNAとtracrRNAを用いてプロトスペーサー・PAMを認識し、二 重DNAを二本とも切断します(Double Strand Break, DSB) このようにして短くなった外来DNAは速やかに分解されます(図、targetingからinactivationの部分)。

※ type1-3の違いが気になる方はこちらをご参照ください。



この仕組みをゲノム編集に応用したのが今回の論文です。Cas9がcrRNAと相補的な配列を持つ部分を特異的に認識・切断する部分を応用しています。Pre-crRNAは転写産物でなく人工的に設計したRNAをそのまま用いる点に注意。


■ 筆者たちの示したこと

1. CRISPR/Cas9はヒトおよびマウスのゲノムに対しても機能し、数塩基の欠損・挿入が可能

  • これまで大腸菌のプラスミドに対しては働くことが示されてきたCRISPR/Cas9だったが、哺乳類のゲノムなどに用いることが可能かどうかは定かではなかった。
  • そこで、ヒト293FT細胞にCas9, tracrRNA, pre-crRNA, RNaseをコトランスフェクションした。
  • 結 果、きちんと狙った箇所にDSBが入っており、それを生物がerror-prone な修復方法(non-homologous end joining, NHEJ)で直そうとした結果インデル(挿入insertと欠失delete略してindel)が入っていることが確認された(gPCRフラグメントを SURVEYOR assay(インデルの検出が可能)、その後シーケンスを読むことによって確認)。結果として、フレームシフトが起こってタンパク質が機能を欠損すること が想定される。
  • また、上述の実験以外の遺伝子、またマウスの細胞でもCRISPR/Cas9は機能した。
  • 効率はTALENと同程度で、特異性もPAMの下流11塩基対めまでは、1塩基の変異が入るだけで機能しなくなるほど高かった。


2. 欠損、挿入だけでなく、置換も可能

  • DSBを入れると主にerror-proneなNHEJで修復が起こることが知られている。しかし、ニックを入れるだけならフィデリティの高いhomology-directed repairだけが用いられる。
  • Cas9が本来DSBを作るところをニックを入れるだけに抑えた(活性残基のうちのひとつを不活性化)。結果、インデルを起こさないCas9を作成することができた。
  • さらに、テンプレートとなり得るDNA断片を入れると、その断片を用いた相同組み換えを起こすことが可能であった(DNA断片に制限酵素サイトを入れて引き続き制限酵素処理を行い、その後シーケンスを読むことによって確認)。


3. CRISPR/Cas9は複数の編集を一度に行うことが可能

  • これまで複数の遺伝子のKOマウスを作成するには複数回KOマウスを作成する必要があった。
  • しかし、CRISPR/cas9では、crRNAにDRで挟んだターゲット領域を追加するだけで、複数のゲノム編集を一度で行えた。
  • 離れた二つの箇所に欠損・挿入を含めるだけでなく(Fig. 4F)、比較的近い二箇所(119bp)を切断することによって単一の箇所にDSBを入れることで可能になるものより広範囲の欠失を行うことを可能とした(Fig. 4G)。


簡単に任意のゲノム編集ができるだけでなく、一回で複数個の変異を入れてしまうところも画期的です。


■ 主な応用例

本論文以降、以下のような応用がされています。

  • 1ステップで多重KOマウス作成
  • Cas9のヌクレアーゼ活性をなくしてゲノム特異的な場所に結合するだけにし、EGFPとの融合タンパクにすることで可視化(いわばin vivoでのin situ hybridization)
  • ヒト細胞ゲノムスケールのRNAライブラリ(GeCKOライブラリ)の作成とディープシーケンスを利用した遺伝子スクリーニング系の確立


などなど。どれも凄まじいですね。


さて、こんなに凄いCRISPR/Cas9ですが、もちろん注意もあります。

  1. PAM配列が無い場所は狙えないので真の意味で任意の配列を狙えるわけではない。
  2. この論文中では本当にゲノムの他の部分を切っていないのか、ということは確認されていない。
  3. 相同組み換えのテンプレートとしてどれくらい大きい断片を挿入できるのかは定かでは無い。


ざっと気づいたところではこのくらいですが、他にも色々あると思います。もしご存知の方がいらしたらコメントください。

上記の通りノックインがどの程度可能なのか不明ですが、僕も使ってみたいものですね…。なお、アメリカでは外注会社を立ち上げる動きもあるようです。早い。