Mのメモ

ポスドクの論文メモ。神経科学関連のツールに触れることが多め。

ScaleS|ソルビトール・尿素・低濃度界面活性剤による、組織と色素にやさしい透明化

ScaleS: an optical clearing palette for biological imaging
Hiroshi Hama, Hiroyuki Hioki, Kana Namiki, Tetsushi Hoshida, Hiroshi Kurokawa, Fumiyoshi Ishidate, Takeshi Kaneko, Takumi Akagi, Takashi Saito, Takaomi Saido & Atsushi Miyawaki
Nature Neuroscience (2015) AOP, doi:10.1038/nn.4107


水溶性試薬による脳透明化の火付け役、濱先生&宮脇先生 et al., からNature Neuroscience新作。ソルビトール尿素によって脳が透け~る、その名もScaleS。論文内容の解説は理研のプレスリリースが相変わらずハイクオリティなので、そちらをご覧ください。本記事ではテクニカルな部分について書こうと思います。

ScaleSの説明に入る前に、各透明化手法がモノを透明にする原理についてと、現行の透明化手法が抱える問題点を整理しておきます。


■ 各透明化手法の原理と欠点

一般にモノが透明でないのは、その中で光が散乱してしまうためだそうです。ではなぜ散乱が起こるのかというと、モノの構成成分の屈折率が異なるから、というのが理由のようです。そのため、ものを透明にしたければ、その構成成分の屈折率を揃える必要があります。脳では特に水溶性の成分と脂質の成分の屈折率の違いが大きいため、水溶性成分の屈折率を脂質のそれにマッチしたり、脂質を組織から除去したりする方法が有効と考えられます。現在までに主に6つのアプローチが存在しています(独断による分け方)。


  1. 有機溶媒による屈折率調節+脱脂|2007年にDodt,Beckerらが開発したBABB法では、有機溶媒を用いることで屈折率の調節と脱脂を行いました。その後同じくDodtらによって2013年に3DISCOなどの方法が作られましたが、これらの手法は細胞内の蛍光タンパク質が有機溶媒に晒され失活するという致命的な欠点がありました(iDISCOでは抗体を使えば蛍光タンパク質そのものの蛍光は無くなっても抗体に結合させたの蛍光物質で見ることができると主張していますが、使える抗体の種類は限られているらしい)。
  2. 水溶性溶媒による屈折率調節|2013年に今井先生らが開発したSeeDBでは、有機溶媒ではなく水溶性溶液、即ち高濃度のフルクトース溶液を用いてこの問題を解決しています。しかしながら、SeeDBが透明にできるのは比較的小さい範囲のみという欠点がありました。
  3. 水溶性溶媒による屈折率調節+尿素による水和(?)+軽い脱脂|2011年に濱先生、宮脇先生が開発したScaleA2では、尿素と低濃度のマイルドな界面活性剤Trinton X-100を主な成分としてモノを透明にしています。尿素で透明になる原理はよくわからなっていないらしいのですが、屈折率を調節することや、水和によって水+水溶性物質を浸潤させやすくしていることなどが候補として考えられているようです。
  4. 水溶性溶媒による屈折率調節+尿素による水和(?)+中程度の脱脂+脱色|2014年に洲崎先生、上田先生が開発したCUBICは、基本的にはScaleにアミノアルコールを加え、かつTriton X-100の濃度を上げたものです。Triton X-100の濃度が0.1%(ScaleA2)から15%に上がったことにより、脱脂能が高まっていることが推察されます。またこの際、このマイルドな界面活性剤を浸透しやすくするために、尿素およびアミノアルコールを用いて組織の結合性を低下させているようです。また、アミノアルコールにはヘム色素を脱色するという特性もあり、これもまた組織の透明化に寄与しているとのこと。CUBICは血管系に灌流することによって全身を透明化するという応用法も5. 開発されています。
  5. 水溶性溶媒による屈折率調節+強い界面活性剤と電気泳動による強度の脱脂+ゲルによる固定|2013年にKwanghun ChungとDeisserothが開発したCLARITYは強烈でした。こちらはTriton X-100より強力な界面活性剤、SDSで脂質を除去します。加えて、電気泳動を行うことによって荷電している脂質を流してしまっています。しかし、強力な界面活性剤や電圧下では観察したいタンパク質や核酸も捉えて流されていってしまうため、これらの観察したい物質は界面活性剤に流されないようゲル担体で空間的に固定しています。ただ、電気泳動は熱が生じてタンパク質が変性したり、組織に一方向から同じ力がかかり続けるので妙な変形をしたりするという欠点があったようです。
  6. 水溶性溶媒による屈折率調節+強い界面活性剤による強度の脱脂|電気泳動では上述のような欠点があったので、2014年に出たDeisserothによるadvanced CLARITYやGradinaruによるPACTでは拡散によって界面活性剤を受動的に浸透させています。ただ、双方の論文ともぼちゃ漬けの拡散による浸透では全脳の透明化はできるとは明記されていません。Gradinaru がPACTと一緒に発表したPARSは同じく拡散での浸透なのですが、こちらはボチャ漬けではなくPACT溶液を灌流しています。これによって浸透効率が上がるのか、全脳を透明にすることが可能になっています。また、脳だけでなく全身の臓器を透明にできるようです。

これらの手法の欠点は、以下の通りです。

  • 有機溶媒や高い濃度の界面活性剤は組織を変形させてしまうため、蛍光タンパク質の褪色が起こる。また、抗原性がおかしくなってしまうため、免疫染色を行っても染まらなかったり、何を染めているかわからない
  • 屈折率をあわせるだけまたは低い濃度の界面活性剤よる透明化では、透明化具合がそれほど高くない
  • 有機溶媒以外の手法は透明化にかかる時間が長い
  • 尿素を用いた手法では組織が膨張してしまい、脆くなってしまう
  • 抗体が奥まで浸透せず、染まりも不均一


■ ScaleSの強み

今回のScaleSの狙いは、界面活性剤の濃度は低いままで、組織の膨張を抑え、組織の透明度を上げるというものです。ScaleSで主に用いる溶液は、それぞれで構成物質はほぼ共通しているものの各物質の濃度が異なる5つの溶液(S0-S4)からなります。以下それらの物質の名前と考えられる役割をば。

  • ソルビトール|これが今回の肝。屈折率の調節+脱水和による組織膨張の抑制
  • 尿素|屈折率の調節+水和による水および水溶性物質の浸潤の促進?
  • グリセロール|これもだぶん脱水和。ソルビトールは親水性なので両親媒性のグリセロールも重要。
  • Triton X-100|低濃度で。たぶん軽い脱脂をしている
  • メチル-β-シクロデクストリン|生体膜のコレステロールを引っこ抜くらしい
  • γ-シクロデクストリン|同上
  • N-アセチル-L-ヒドロキシプロリン|コラーゲンの結合を弱めるらしい
  • DMSO|たぶん屈折率の調節

このような組成のScaleSによってもたらされた結果は以下の通り。

  • 脳が殆ど膨張しない(Fig. 1, S2)|前述の通り、尿素は水和によって脳を膨張させ、ソルビトールは脱水和によって脳を縮小させます(メカニズム不明)。んで、これらの濃度を調整してやることで脳のサイズを殆ど変化させないで透明化させることができるようです。実際にはソルビトールの多いScaleS0で約50%程度の大きさにしたあとS1-S3にかけて150%程度まで徐々に大きくなり、PBS washとS4で102%程度に落ち着かせるんだとか。しかもこうやって処理したサンプルはそんなに脆くはないとのこと。
  • 結構透明になるが他の手法に比べ蛍光の褪色が少ない(Fig. 2)|組織を透明にする、というのと蛍光タンパク質/色素の褪色を抑える、というのはある程度トレードオフになるようで、例えばTriton X-100の濃度を上げると透明度は上がりますが褪色も強くなります。使用目的に合わせて透明化手法を選択することが大事になりますが、できれば透明でかつ褪色の少ない手法を選びたいわけです。そこで透明度と蛍光強度を、ScaleSとCUBIC, 3DISCO, SeeDB, PACTで比較したところ、ScaleSは透明化具合でCUBICに10-20%程度、3DISCOに30%程度劣るものの、蛍光強度でCUBICの約3-4倍、3DISCOの10倍以上という数値をたたき出しました。
  • 膜が残っている(Fig. 3, Table S2)|透明化したサンプルは単一細胞レベルで広範囲に渡った撮影を行うのに向いていますが、できれば同じサンプルからよりミクロな構造まで取ることができれば応用範囲が広がります(serial LM/EMなんて名前がつけられています)。そこでScaleS処理サンプルが電顕を用いた解析に耐えるかを検討するため、ScaleS3まで処理してPBS washしたサンプルから凍結切片を作成し、TEMを用いて撮影を行ってます。他の手法(CUBIC, )と比べたところ、全ての手法でPSDを観察することはできましたが、そこから見えるポストシナプスの細胞膜・プレシナプスの細胞膜を通常のサンプルと遜色ないレベルで観察できたのはScaleSだけでした。
  • 抗原性が保存されている(Fig. S5)|ScaleSまたはCUBIC処置したサンプルから切片を作成して抗体染色し、染色パターンを比較しています。すると細胞骨格関連のタンパク質はCUBICでもScaleSでも正しく保てて見える一方で、シナプス関連タンパク質はScaleSではそれっぽくそまっているのに対してCUBICでは蛍光強度の低下や特異性の低下が見られました。

以下コメントなど。

  • あまり強調されていませんが全てのプロトコルが3-4日と高速で終わるのは実験者としてはかなりありがたいですね。また溶液については、いちいち用事調製をしていたら大変ですが、ストックが作れるのであればルーチンとしては溶液を交換するだけになるのでかなり楽でしょう。尿素とかデクストリンその他は結構分解してしまうかもしれませんが。どのくらいまで持つのでしょうか。
  • 褪色が少ないのはマジで嬉しい。もっと強調されても良いように思う。
  • Scaleがなんでサンプルを透明にできるのかは議論のわかれるところで、たとえばLichtmanのレビューなんかではScaleはCUBICと同じようにTriron X-100で脂質を除いているなんて解説されていましたが、今回実際に電顕の写真を取ってみてこのように膜の構造が保存されているというのが見えてきたのは驚きました。主役は尿素Tritonは脇役に過ぎないのですね。こういうvalidationの方法があったか…!
  • ソルビトールを入れて組織の膨張がなくなったのは納得なのですが、なぜこれでScaleA2よりサンプルの透明度が上昇しているのでしょうか?ソルビトールやDMSOの屈折率がより適しているのか、コレステロールを抜くことやコラーゲンの結合を緩めることが重要なのでしょうか。
  • 抗原性が崩れるのって勝手に尿素のせいだと思っていたのですけど、実際は界面活性剤の濃度やpHの方が効いてきているみたいですね。ただ全ての抗体が試されたわけではないので結果の解釈には慎重にならねばと思う次第です。
  • 『水和によって組織が膨張する』と聞くとそれっぽいのですがよくよく考えてみると自分では説明ができないので、もしわかるヒトがいたら教えてください。。
  • 本当に大きさが変わらないのであれば、例えば全脳イメージングをして領域の対応づけをする際にデータベース上で入手できるreference brainが補正なしでそのまま使えるかもしれないので、そういう意味でも極めて便利と感じました。
  • Fig. 5以降のデータ、美しいのですが、二値化した画像しか出ていないので普通に撮影しただけでここまで綺麗に出るのかはわからないです。高い画像解析のスキルあってこそのデータなのかもしれません。どのようなソースコードなのか知りたいところ。問い合わせればもらえるらしいです(バイナリかソースかは不明)。

■ AbScaleとChemScale, ScaleSQについて
ScaleSは脳を透明にするだけなので、蛍光タンパク質を持ったトランスジェニックマウスを撮影するのには向いていますが、そうではないものを標識したりするときは抗体染色や小分子での染色が必要になってきます。そこでAbScale, ChemScaleという、ScaleSの改変法も開発されています。
ScaleS0を最初に使ってScaleS4を最後に持ってくる点はScaleSと共通していますが、途中でScaleA2やB4を使っていますね。。なんでなんだろう。PBSでなくAbScale solutionやScaleA2存在下で抗体や色素を適用するのは組織への浸透性を上げるために必要なのでしょうか。
さて気になる抗体の到達深度ですが、Fig. 4を見るとL6くらいまでシグナルが存在するように見えます。1 mmくらいは行くということでしょうか。深部においても細胞が綺麗に染まっているかはこの写真からだけでは判断がつきませんが、他の透明化手法と比べるとかなり深いところまで行っているように思われます。ただ、抗体によって貫通する深さは変わる可能性もありますので、自分が用いる抗体は自分で確かめないといけないなと思う次第です。また、S/Nが深さによってどのくらい変わるのかも気になります。
またChemScaleでは脂溶性の色素であるDiIとコンパチであることが示されています(Fig. S9)。そういうのも脱脂をしない利点なのですね。なお脱脂を含む他の透明化手法ではDiIの蛍光はほとんどなくなっているので、これらの透明化手法を用いる際は注意が必要そうです。
最後にScaleSQ。 1-2mm厚程度のスライスのための透明化の高速プロトコル。1-2時間で結構透明になる。尿素の濃度がめちゃくちゃ高い(37℃未満にした時に析出しないか心配ではある)。

■ 今後の展望とか
透明化でもう少し進化があるとすれば抗体染色でしょうか。その辺はDeisserothラボから独立したCLARITYの開発者、Kwanghun ChungがeTangoという新規透明化・抗体活性のコントロール手法によって解決しにいっているようです。なんでも電場を様々な方向からランダムに当てることによって変形を抑え、また抗体の活性のon/offを自在にコントロールするバッファーを開発することで3Dでも組織の深部まで均一な染色ができるんだとか?詳しいことはわかりませんが続報を待ちましょう。

さて、組織の透明化は、ソレ単体ではただの綺麗なオブジェに過ぎません。透明な組織は、LSFMなどの優れた光学系と合わさって初めてその本当の威力を発揮します。また、そのようにして得た綺麗な画像も、C++OpenCVを使いこなしたりGPUで並列処理をサクッと行えるような、大規模データの扱いや画像処理に強いプログラマがいて初めて定量的な解析が可能になる、ということは忘れてはいけません(そんなに大きくないデータで、そんなに複雑でない解析ならImaris, Volocity, Vaa3Dとかで十分ですが)。そういう意味では、まだまだ誰もが研究に使える、という手法にはなってはいないのかなぁと思います。LSFM・二光子の値下げ、素人でも使える画像処理ソフトの登場が待たれるところですね。笑



追記:
洲崎先生、上田先生のCUBICも2014年の論文以降更に進化が進んでいるようで、蛍光クエンチを従来より格段に抑えた改良プロトコルがつい最近できたようです。ご興味がある方は洲崎先生まで連絡をしていただければ論文に先駆けてシェアしていただけるとのこと。