Mのメモ

ポスドクの論文メモ。神経科学関連のツールに触れることが多め。

Arcはウイルス様のカプシドを形成してmRNAを細胞間輸送する(かも)

The Neuronal Gene Arc Encodes a Repurposed Retrotransposon Gag Protein that Mediates Intercellular RNA Transfer

Cell, 172(1-2), 275-288.e18
Pastuzyn ED, Day CE, Kearns RB, Kyrke-Smith M, Taibi AV, McCormick J, Yoder N, Belnap DM, Erlendsson S, Morado DR, Briggs JAG, Feschotte C, Shepherd JD.

Arcと言えば「神経活動依存的に発現する遺伝子」というイメージが強いかと思います。その都合の良い性質から、神経活動を調べるためのツールとして応用されることが多いため、Arc神経科学者お気に入りの遺伝子の一つになっていると言えるでしょう。一方で、タンパク質としてのArcの機能も盛んに研究されており、例えば、活動の弱いシナプスに集積してGluA1のエンドサイトーシスに関わる(Okuno et al., 2012)とか、他にも色々なことが提唱されています。今回紹介する論文は、これらとは別の、まったく新しいArcの機能を示唆するものです。

今回Shepherdらのグループは、Arcタンパク質はmRNAを包んだウイルスのようなカプシドを形成できることを示しました。そして、このカプシドは細胞外小胞(以下EV)に包まれてニューロンから細胞外へ放出されることにより、細胞間でmRNAの輸送を行いうる、という説を主張しています。根拠となる主なデータは以下の通り。

  • ArcはレトロウイルスのGag(カプシドタンパク質をコードする遺伝子)と似た配列を含んでいる。そこで、Arcもウイルスのカプシドのような構造を形成するか調べるため、何の配列も付加していない状態のラット由来Arc(prArc) 2 mg/mLを負染色電顕またはクライオ電顕によって観察した。結果、直径32 nm程のウイルスのカプシド様の構造が観察された(Fig. 1B)。このことから、Arcもウイルスのカプシドのように核酸を運べる可能性が考えられる。
  • Arcタンパク質が核酸を包んでいるかを検討するため、大腸菌から精製したprArc溶液から、ArcasnAバクテリアに豊富に存在)のmRNAについてqRT-PCRを行ったところ、どちらのmRNAも確認された。Arcの1/15倍量のmRNA量を持つasnAは、Arcの1/10倍だった(Fig. 2A)。このことから、prArcはmRNAに結合すること、とくにその場に多いものに結合する可能性が考えられる。また、これらのmRNAはRNAse処置によって無くならず、カプシドの中で守られていると考えられる。なお、prArc精製前に核酸を取り除く操作を行うと、prArcのカプシド構造は観察されなくなった。このことから、カプシド形成には核酸が必要である可能性が考えられる(Fig. 2E)。
  • レトロウイルスのカプシドは、EVと似たような機構で細胞から放出される。もしArcがレトロウイルスのように細胞外へと放出されるのであれば、EVと一緒に取れてくる可能性が考えられる。そこで、実際にニューロンからArcが放出されるかを検討するため、培養マウス皮質ニューロンのEV画分を超遠心機を用いて分離したところ、ウェスタンでArcタンパク質が確認された(Fig. 3D)。また、EV画分をqRT-PCRにかけたところ、ArcのmRNAが検出された(Fig. 3E)。更に、EV画分についてArcを免疫金標識して電顕で観察したところ、EVの14%がArcポジティブだった(Fig. 3F)。このことから、vivoではEVに包まれた状態のArcタンパク質およびmRNAが存在していることがわかる。
  • 放出されたArcがmRNAを他のニューロンに輸送しうるか検討するため、Arc KOマウス由来の培養ニューロンにWT由来のEVを処置した。処置1時間後のサンプルからはArcタンパク質シグナルの上昇が見られ、4時間後のサンプルからはmRNAの上昇が見られた(Fig. 6)。このことから、EVがArcタンパク質を介してArc mRNAを輸送している可能性が考えられる(にしてもタイムコース遅いですね)。
  • 輸送されたArc mRNAが輸送先で転写されるか検討するため、Arc KOマウス由来の培養ニューロンにWT由来のEVを処置後、Arcの転写を促進することが知られているDHPG(nGluR1/5アゴニスト)を処置した群としなかった群でArcタンパク質量を免染の蛍光強度で定量したところ、処置群の方で有意に高い蛍光強度が見られた(Fig. 7B)。このことから、輸送されたArc mRNAがDHPG依存的に転写されたことが示唆される。

他にも、Arcのカプシド形成および細胞間mRNA輸送に必要なドメインの同定とかもやっています。筆者らは、今回見られたようなArcのカプシドを、”Arc Capsids Bearing Any RNAs”を略してACBARsと呼ぶことにしたようです。我々にとって親しみ深いArcにこのような側面が隠れていたとは、驚きです。

ただ、データの細かいところを見ると、色々と気になるところはあります。例えば、上では扱いませんでしたが、Fig. 4は、融合タンパク質でも本当にカプシドができるのか?とか、プラスミドとトランスフェクション試薬が培地にちょっとでも残ってたら同じ結果が出るんじゃないか?とか、定量データが無いけど再現性はあるのか?とか。あと、Fig. 5以降のデータは、タンパク質とかmRNA量の指標として、KOニューロンで検出された蛍光強度のfold changeで出しています。KOでは本来何も検出されないはずなので、ここで出ている数値をどう解釈したらいいのかはよくわからないです。

それと、これはふつうに面白いなと思った点ですが、Fig. 5とか7AではprArcを培養Arc KOニューロンにぶっかけることでArcタンパク質やmRNAが検出されるようになるということを言っています。つまり、EVに包まれてない、いわば剥き出しのカプシドでも細胞内に入って行けちゃう、というデータです。詳しいメカニズムは不明ですが、これってどんなmRNAでもArcカプシドに包むだけでニューロンに導入できちゃうってことなんですかね?もしそうなら、毒性低そうだし、比較的簡単に調整できそうなベクターで、応用効きそうな感じもしますね。

注意したいところですが、本論文中ではvivoでもカプシドが形成されているのか、EVの中にArcの「カプシド」が含まれているのか(免疫金標識じゃ見えない理由ってあるんだろうか…?)、カプシドがvivoでもしあったとして、EVに包まれないと細胞外へと放出されないのか、ということまでは示されていません。この辺は今後何らかの方法で検討されていくのではないかと思われます。

なお、これと一緒に出たThomson, Budnikらのグループからの論文では、ハエのArcホモログdArc1が神経筋接合部のシナプス間を移動しうると主張されています。中枢ではないですが、だからこそ、プレとポストが異なる細胞種由来であることを利用して、細胞種特異的な操作を行うことにより、vivoの系でも同様の現象っぽいものを見ることが可能になっているという点は特筆すべきかと思います。また、EV内に含まれるmRNAの網羅的な解析をして、dArc1の量が一番多いことを示しており、この論文も読み応えがありました。

著者らの主張が正しかったとして、Arcカプシドによって運ばれるArcが輸送先で何をしているのか、とか、Arc以外にはどのようなmRNAを運ぶのか、とか、運ばれるものの内容は状況によって異なるのか、とかが気になりますね。Arcって活動の弱いスパインに集積してるイメージがあるんですけど、「お前は俺と結合してる中では相対的に弱い方だぞ」、的な情報をプレシナプスにフィードバックしているんでしょうか。そうだったとしたら何のmRNAを送って、何をやらせるんでしょうか。妄想が膨らみます。笑