Mのメモ

ポスドクの論文メモ。神経科学関連のツールに触れることが多め。

AAV-PHP.eBは内皮細胞のLY6A依存的に血液脳関門を通過する

Delivering genes across the blood-brain barrier: LY6A, a novel cellular receptor for AAV-PHP.B capsids
Qin Huang , Ken Y. Chan, Isabelle G. Tobey, Yujia Alina Chan,Tim Poterba, Christine L. Boutros, Alejandro B. Balazs, Richard Daneman, Jonathan M. Bloom, Cotton Seed, Benjamin E. Deverman
bioRxiv 538421, Posted February 01, 2019., doi: https://doi.org/10.1101/538421

【概要】
異なる13系統のマウスのゲノムと表現型(感染の有無)から、AAV-PHP.eBがBBBを通過するためには、血管内皮細胞が発現するLY6Aが必要であることを示唆した。

【背景】
AAV-PHP.eBは静注するとBBBを通過して脳の細胞に感染します。ただし、どのような機構でBBB通過を実現しているのかは明らかではありませんでした。
さて、AAV-PHP.eBには同じマウスでも系統が異なるとBBBを通過しないという弱点がありました。今回AAV-PHP.eBの開発者であるDevermanはこの事実を逆手に取り、内皮細胞が発現するLy6aというタンパク質がBBB通過に重要な役割を果たすということを示唆しました。

【手法と主要な結果】
Apache Spark(巨大なデータに対して高速に分散処理を行うオープンソースフレームワーク、らしい)を用いたHailというゲノム比較ソフトウェアによって、表現型と対応付けられるSNPまたはindelの絞り込みのために、何系統のマウスを比較するべきかの当たりを付ける
→タンパク質をコードしている領域等、候補となる可能性の高そうな部分だけなら、12系統もあれば10箇所くらいに絞り込めると想定(Fig. S2a)

・13系統のマウスを導入してAAV-PHP.eBをインジェクション、nls-GFPを発現。表現型とゲノムを比較(Fig. S2A)
→7系統で感染あり、他は無し(Fig. 1D)
→Ly6aまたはLy6c1のミスセンスSNPが候補であることが想定される(Fig. 1D)

・Ly6a抗体による免染によって局在を検討
→LY6Aが血管内皮細胞に発現していることを免染によって確認(Fig. 2A)。
→AAVの感染と免染によるLY6Aの有無が相関することを発見(Fig. 2AおよびFig. S3。個人的には一残基のミスセンスで染まらなくなるのは自明ではない気もするが…)。LY6C1は相関無し(Fig. 2D)。

・C57/B6由来の微小血管内皮細胞培養細胞(BMVEC)のLy6aまたはLy6c1をAAV-SaCas9でKOし、その後AAV-PHP-eB感染の変化を検討(qPCRまたはルシフェラーゼアッセイ)
→Ly6a KOではAAV-PHP.eBの感染効率が低下。qPCRでもルシフェラーゼアッセイでも。(Fig. 3D、E)

・HEKにLy6aまたはLyc1を過剰発現。その後AAV-PHP-eB感染の変化を検討(qPCRまたはルシフェラーゼアッセイ)
→Ly6a OXではAAV-PHPシリーズの感染効率が上昇。qPCRでもルシフェラーゼアッセイでも。(Fig. 3F、G)

・Ly6aのミスセンスのうちどれがクリティカルに効いてくるのかを検討。ミスセンス変異体を発現した細胞ライセートをウイルスとインキュベーションしてウェスタンブロッティング。
→V106Aのミスセンス変異体ではPHP.eBのカプシドが検出されなかった(Fig. 3H、ここではLY6A抗体がミスセンス変異体にも効いているのは疑問ではある)。
→この残基がAAV-PHP.eBとの相互作用に重要であると考えられる。

・AAV9ならば細胞への結合に重要なガラクトースがAAV-PHP.eBの結合にも必須か検討。ガラクトースを細胞外に出す細胞株Lec2と、そうであないPro5, Lec8(全部CHO細胞系)にLy6aを導入、qPCRとルシフェラーゼアッセイによって感染効率を検討
→AAV-PHP.eBは、Ly6a導入無しではほかの細胞株に比べてLec2に良く感染する。ただし、Ly6aを導入すればLec2と他の細胞株との感染効率にほとんど変化はなくなる(Fig. 4A-C)
→LY6Aがガラクトースと独立して働いていることを示唆

・AAVR(普通のAAV感染に必要な受容体)KOマウスにAAV-PHP.eBを投与。nls-GFPの発現を検討
ニューロンへの感染は無くなるが、血管内皮細胞には感染する(Fig. 4F)
→他のAAVと同様の感染機構と、それとは別の感染機構を同時にもっていることを示唆

【感想】
AAV-PHP.Bを作成した時のスクリーニング系(CREATE)の時も感じましたが、スクリーニング系がエレガントです。タンパク質だけでなく責任残基までも見つけて来るとは。ちなみにDiscussionによるとスクリーニングは3週間で終わったんだそうです。

V106ですが、配列から、GPI付加配列のオメガサイト(切断点)だと予想されるんだとか。ここに変異が入るとGPIアンカーが結合しなくなるので、細胞内輸送や局在がおかしくなるのかもしれません。

敢えて批判をすると、Preprintなだけあって全体的に例数が少ないのはちょっと気になります(n = 3が多い)。あと、Ly6aをKOまたはミスセンス変異体をKIしたC57/B6にAAV-PHP.eBを感染させるような実験があれば更にいいなと思いましたが、現在DevermanはFeng ZhangのいるBroad Instituteにいるみたいなので、もう検討は始まっているんじゃないかなーと予測されます。残念ながら霊長類にはLy6aがないのですが、Ly6のホモログはあるそうなので、その辺をターゲットに色々やればヒトに適用可能なAAV-PHP.eB的なウイルスができるのかもしれません。