Mのメモ

ポスドクの論文メモ。神経科学関連のツールに触れることが多め。

Gibson Assemblyの価格破壊(10$/mL)と、複数断片クローニング精度を4倍、効率を12倍にするTips

A Simple Enhancement for Gibson Isothermal Assembly

Brian A Rabe and Constance Cepko
bioRxiv, doi: https://doi.org/10.1101/2020.06.14.150979


【概要】

  • 一本鎖DNA結合タンパクを付加すれば複数DNA断片でのGibson Assemblyの精度が4倍(80%!)、効率が12倍になる
  • Tth DNA Ligaseをクローニング、Haloタグつけてキット精製し、いくつかの既製品と組み合わせれば自家製Gibson Assembly Mixが作れて、ランニングコスト激減(×1.33 mix, 10$/mL


【背景】
Gibson Assemblyは末端に約15塩基の相同配列があるDNA断片を手軽に繋ぎ合わせることができます。原理は以下(引用元)。

Gibson Assembly システムは三つの異なる酵素反応を一つのバッファーで行うことで、複数のDNA断片を一括に繋ぎ合せることができるシステムです。

  1. エキソヌクレアーゼが一本鎖の3'オーバーハングを作成し、他方の相補鎖(オーバーラップする部位)とアニーリングできるようにし、
  2. ポリメラーゼでそれぞれのアニーリングした断片の間のギャップを埋め、
  3. DNA ligaseでニックをつなぎ合わせてDNAをつなぎ合わせます。

制限酵素を使ったサブクローニングに比較して、簡単、迅速、自由にコンストラクションができるので、類似手法のIn-Fusionと共に、分子生物学のスタンダード手法になっています。特に便利なのが、3個以上の断片を一気に繋げられる点。しかし、やや効率が悪い点や、繋げる断片の数が増えるほどエラーが入る可能性が高まってしまう点、高いランニングコスト(一回あたり2000円程度)は、地味に厄介でした。

本論文では、問題の原因を、エキソヌクレアーゼが一本鎖DNAに対して持つエンドヌクレアーゼ活性と推定しました。そして、一本鎖DNA結合タンパク質(single-stranded DNA-binding protein, 以下SSBをreaction mixに付加、一本鎖を保護することにより、Gibson Assemblyの効率と精度の上昇を試みました。更に、ランニングコストを抑えるため、自家製mixの調整方法を紹介しています。


【結果】
NEBから買えるSSBをGibson Assembly Mixに付加(後述するが、このmixは自家製)。普通のGibson Assembly Mixと、その上位互換であるNEBuilder® HiFi DNA Assembly Master Mix(既製品)に対し、SSBを加えたGibson Assembly Mixの効率と精度を比較。
実験は、2 or 6断片をベクターバックボーンにクローニングするというもの。うまく行った場合、大腸菌GFP(2断片)、または、GFPおよびmCherry(6断片)を発現。そして、生えた大腸菌の数で効率を評価(元のGibson Assmebly mixを1とした際の相対値)&蛍光タンパクを発現する大腸菌の割合で反応の精度を評価。結果は以下。
f:id:tak38waki:20200802054720g:plain
青のEnhancedが今回のSSB付加手法で、赤の元mixに比較すると効率は10倍以上。精度に関しては、2個の断片では殆ど差は無いけど、6個だと元の4倍で、約80%!すごい。


『でも、Gibson Assemblyは高いからあまり使えない…』と思うなかれ。著者らは更に、安価な自家製Gibson Assembly Mixの作り方を書いています。 OpenWetWareのプロトコルが基礎となっていますが、ligaseについては、既製品ではなく、タカラから買えるThermus thermophilusのゲノムからligAをクローニングし、Haloタグつけてキット精製したリコンビナントタンパクを用いる、という改良を加えています。Gibson Assemblyは本来×2 mixで18000円/100μLですが、自家製のものを使えば、×1.33 mixで 10$/mL 以下になるんだとか(つまり1/100以下)。まぁ、そりゃそうすればね、という感もありますが、自分で取ってきた酵素が既存の酵素を代用するかは非自明なので、貴重な情報です。


【感想】
シンプルであるが故に導入が容易で、広まっていきそうなtipsです。SSB付加は特に難しい断片のクローニングで威力を発揮しそう。自家製Gibson Assemblyは大量にコンストラクションする人には有難い。『この酵素自分でクローニングすれば安いんじゃね?』とは誰もが一度は考えることだと思いますが、本当にやるヒト初めて見た気がする。もしリコンビナントタンパク質の作成・精製が面倒であれば OpenWetWare のプロトコル通り Taq DNA Ligase を使うだけでも良さそうだけど、それだと300$/mLくらい、一回当たり3$くらいかな(それでも安いけど)。

In-Fusion派のヒトも多いかと思われますが、SSB付加の方法は応用できるのでしょうか?実験者の作業という点ではIn-FusionはGibson Assemblyと似ていますが、原理は異なります。In-FusionではMg2+と低濃度dNTPs存在下で二本鎖DNAに対して3'→5'エクソヌクレアーゼ活性を示すPoxvirusポリメラーゼを利用して一本鎖を作ります。で、ライゲーションは大腸菌におまかせ。一本鎖がむき出しになるのが効率低下の原因であるならSSBの導入で効率が上昇する可能性もありますが、バッファー等によっても色々変わるかもしれないので、これは試してみないと分かりません。もっとも、これだけ安価にGibson Assemblyができるのであれば、In-Fusionから乗り換えた方がいいかも?という気もしますが。

さて、こういうtips系論文は、本当にワークするのか否かが最も重要ですが、今のところ良さそうだなという印象↓

Cepkoラボの方

別ラボの方

自分でも使用感を確認してみたかったのですが、現在dry系の研究に完全移行しているため、断念!試せるヒトはこっそり情報共有して頂けると嬉しいです。笑

PhOTseq: Caイメージング結果に基づいて任意の細胞を標識し、RNA-seq (ただしまだex vivo、鋤鼻器)

Sensory coding mechanisms revealed by optical tagging of physiologically defined neuronal types
Donghoon Lee, Maiko Kume, Timothy E. Holy
Science, 13 Dec 2019: Vol. 366, Issue 6471, pp. 1384-1389 DOI: 10.1126/science.aax8055

【概要】
GCaMP-2A-PAmCherry (photoactivatable mCherry) 発現->Caイメージング->局所的な光照射によるPAmCherryのphotoactivation-> FACS -> RNAseqにより、ex vivoカルシウムイメージングの結果を受けて特定の細胞種を標識し、その遺伝子発現プロファイルを調べる手法を作成。この手法を利用し、鋤鼻器に存在する感覚神経の反応特性と発現する受容体の対応付けを行った。


【背景】
生理学的な活動特性に基づいて神経細胞を分類し、それを遺伝学的情報と対応づけるのは、発生系の研究をはじめ、様々な研究への応用が考えられる重要なアプローチと言えます。しかし、そのための既存手法は、以下のようにいくつかの欠点を抱えていました。

  • c-Fos等の最初期遺伝子を用いた標識:時間分解能に乏しい
  • パッチ内液のRNA-seq:スループットに優れない、発現量が乏しいマーカーを見つけるのは困難

今回ご紹介するのは、このような問題を解決する、カルシウムイメージングの結果に基づいて特定の細胞集団を標識し、その遺伝学的情報を調べる手法です(PhOTseq: physiological optical tagging sequencing)。


【手法と主要な結果】
Fig. 1 PhOTseqの概要(A)とEx Vivoでの実用性確認実験(B-G, ただしFACSまで)
GCaMP5g-2A-PAmCherryを鋤鼻器の感覚神経(VSN)にTetシステムを用いて発現(OMP-IRES-tTA::tetO- GCaMP5g-2A-PAmCherry)。鋤鼻器上皮を摘出、シート状にしてVSNのex vivoイメージング。2種類のリガンド(A7864, E1050)をバスアプライ。オンラインで画像解析し、両方のリガンドに反応する細胞群のマスクを作成。マスク部にだけ光照射するような自作コード(詳細不明)でPAmCherryをPhotoactivation(A-D)。
→狙った細胞でmCherryの蛍光が上がっていることを共焦点顕微鏡によるpost-hocなイメージングで確認(E)。FACSにかけたところ、photoactivationを行った群でのみ、mCherry蛍光が強いクラスターが観察された(F, G)。

Fig. 2 化合物への応答性に基づいたVSNの分類と対応する受容体(VR)発現の検討
ライトシートを用いて全体の10%程度(15,000個)のVSNを一度にイメージング。VSNのスライスに対し、15種類の化合物(そのうち6種は異なった濃度でも検討)を順次適用し、応答特性の違いからVSNをクラスタリング(なお、VSNが発現するVRの内、リガンドがきちんとわかっていえるのは12種類のみ)。結果、20種類のクラスターに分かれた(A,B)。これらのうち、異なる5つのクラスターについて、それぞれ二光子顕微鏡を用いたイメージングでタグ付けし、FACS、RNAseqを行った(それぞれ40-65個の細胞)。VSNの反応特性は発現するVRによって定まると考えられているため、各クラスターにおいて発現しているVRを調べたところ、各クラスター毎に豊富に存在するVRがほぼ一つに定まった(C-E)。本筋から外れるが、Vmn1r86を発現した細胞には弱いVmn1r85の共発現が見られた(1神経1受容体じゃないんだ)。

Fig. 3 同定したVRの過剰発現による十分性の検討
同定したVRを発現させたときに各化合物への応答性を誘導できるか検討するために、P0.5マウスのTransvers SinusにAAV2/8 CAG-GCaMP-2A-VRをインジェクション(A)。Fig. 2で同定された各VRを発現させたところ、想定通りの応答が見られた(B-D)。

Fig. 4 生理的な応答性が近いVSNが発現するVRアミノ酸配列も類似している
VRアミノ酸配列と応答性に対応があるかを調べた。まず分子系統解析をしたところ、生理学的な反応性が類似していたクラスターたちが発現するVRでも、別の枝に存在する(=進化的な距離は遠い)ことが分かった。ただし、VRアミノ酸配列の類似度をClassical MDSにかけたところ、生理学的な反応性が類似していたクラスターが発現するVRは、実際にはアミノ酸配列が類似していることがわかった(分子系統解析がうまくいってないだけのような気もするけど、そうであったとしても、この事実は非自明だし面白いとは思う)。


【感想】
Scanzianiが類似した系を利用して同じようなプロジェクトに取り組んでいるという噂を5年ほど前に聞きましたが、ex vivoでやったTim Holyに先を越されたという印象。PAGFPじゃなくてPAmCherryを使ったのが良かったのか、in vivo V1じゃなくてex vivo VSNでやったのが良かったのか。PhOTseqが、in vivoでもうまく働くのか、気になるところですね(一応本論文Fig. S2でphotoactivationできることは示されているが、狙ったものなのか、また、FACS等に回せるのか、等は示されていない)。例えば、特定の方位選択性を持つニューロンや、高発火頻度のニューロンといったような、遺伝学的な情報のみならず、周囲や自分自身の活動依存的に個性を獲得していくような細胞群にもマーカーはあるのか?といったような問いもできそう(まぁ、無いと結論づけるのはかなり難しそうだけど)。

四面体形のモノマーとクリックケミストリーで歪みの少ないExMを実現

A highly homogeneous expansion microscopy polymer composed of tetrahedron-like monomers
Ruixuan Gao, Chih-Chieh (Jay) Yu, Linyi Gao, Kiryl D Piatkevich, Rachael L Neve , Srigokul Upadhyayula & Edward S Boyden
bioRxiv, posted October 22, 2019., doi: https://doi.org/10.1101/814111

【概要】
四面体形分子構造を持つ(Tetrahedral)モノマーのラジカル非依存的な重合(クリックケミストリーを用いた相補的な重合)により、ダイヤモンド構造の”tetra-gel (TG)” を形成(モノマーの腕にはアクリレート基がついていて膨潤可能)。そこにサンプルを埋め込み、歪みの少ないiterative Expansion Microscopyができることを示した。

【背景】
Expansion Microscopy(ExM)は試料中の観察対象を吸水性に優れたゲルに共有結合した後、組織中のタンパク質をプロテアーゼで分解し、水につけてゲルを膨潤させることにより、普通の顕微鏡でも超解像的な像を得ることを可能とする手法です。触れ込み上は”homogeneousな拡張を実現する”となっているこの手法ですが、もちろん多少の歪みは存在します。その原因の一つに、ラジカル重合をすることにより生じる~10 nmスケールでのゲル構造の非均一性が挙げられます(Fig. 1aで後述)。
今回Boydenらは、ゲル生成に用いられているモノマーの構造と重合方法を工夫することによって、ゲルの構造をより均一にしたExMを実現する方法を開発しました。さらに、この方法を1st roundに用いたiterative ExM(iExM)を行うと、標本の歪みが少なくなることを報告しました。
iExMについてはこちらをご参照ください。
http://tak38waki.hatenablog.com/entry/2017/09/08/000547

【手法と主要な結果】
Fig. 1 今回開発したTetra-gel (TG)の説明
従来手法のようなアクリル基&ラジカル重合を用いたポリマー合成では、ゲルにナノスケールでの歪みが生じる(Fig. 1a、モノマーや重合開始剤の濃度のゆらぎ、重合が続かずに出来てしまった末端構造、ループ構造などが原因)。そこで、重合可能な官能基を空間的に均一に広げる、Tetrahedralなモノマーを新規に作成した(Fig. 1b)。更に、クリックケミストリー(アジドとアルキン)を基盤にしてゲル組成が制御された重合反応を行った(Fig. 1c)。なお、用いるモノマーは2種類(2つ目に亜種が3つ。2’, 2’’, 2’’’と呼称)で、どちらもTetrahedralな構造。

  1. モノマー1:アジド側。四方向にアクリル酸ナトリウムの腕を伸ばして末端にアジドを持つモノマー。
  2. モノマー2:アルキン側。四方向にPEGの腕を伸ばし、末端にアルキンを含む官能基を持つモノマー。官能基は目的によって三種類の使い分け(2’ DBCO、アルキンを持つ基本的な構造。2’’ BCN、拡散時間を担保するためにクリック反応への参加を遅くしてあるもの。2’’’ SS-DBCO、iExM用に切断可能なジスルフィド結合を持っているもの)

Fig. 2 細胞、および脳スライスでのTG-based ExMデモ
大体3倍くらいになる(Fig. 2a、ちなみに普通のExMは4.5倍)。抗体を用いて細胞のα-tublinを染色し、NHS-azideによって抗体&組織中のタンパク質にアジドを付加(ゲル中に架橋可能になる)、モノマー1と2’を用いたTG-based ゲルによる拡張前後のイメージングしたところ、ほぼhomegeneousな拡張ができていた(Fig. 2c,d)。
また、組織でも本手法が適用可能か検討するためにThy1-YFPマウスに対してanti-GFP抗体を適用し、NHS-azide を処置後、TG-based ExMを行った。この際、組織への浸透を挙げるためにモノマーは2’’を用いている。スパインが綺麗に見えるくらいには拡張できる(Fig. 2e)。
なお、シアニン系の蛍光色素はラジカルによってクエンチするが、今回の手法はゲル生成にラジカルを使わないので、これらの蛍光色素を用いた標識法をゲル形成前に行っていても蛍光が残る(Fig. 2f,g)。

Fig. 3 TG-basedのiExMデモ
TG-basedのiExM。1st roundをモノマー1と2’’’を用いたTGゲルで行い、2nd roundを普通のExMで用いられている組成(アクリルアミドとアクリレートからなるポリマー)で行う(Fig. 3a)。iExMの2回目をTG-basedなゲルで行わない理由は特に示されず。HeLaに適用。16倍程度になるらしい。β-tubulinの内部構造が見えるくらいに拡大できるし(Fig. 3b-d)、2色使いもできる(Fig. 3e)。

Fig. 4 普通のiExMとTG-based iExMによって生じる標本歪みの定量比較
ウイルス(HSV-1)に対して通常のiExMとTG-basedのiExMを適用し、どの程度標本の歪みに差が出るか観察。なお、通常のように、一次抗体&二次抗体&オリゴヌクレオチドを用いたゲルへの架橋、を行った際、標識した蛍光の空間局在は本来標識したい分子から21 nm程度ずれるそうです。そのため、このブレをなるべく排除するために、より直接的なラベリング方法を作っています(Fig. 4a、ウイルスエンベロープ上のタンパク質非特異的にアジド修飾されたオリゴヌクレオチドを結合)。この標識法ではズレは7 nm程度に抑えられるそうな。
んで、通常のiExMとTG-basedのiExMをパフォーマンスを比較。TG-basedなiExMの方が得られる像の直径の分散が小さいことがわかった(Fig. 4b-d、9.2 nm vs 14.3 nm)。HSV-1はほぼ球状をしていることが電顕で知られているため、TG-basedなiExMの方が歪みが少ない拡大を成し遂げていると示唆されました。

【感想】
一見地味な進歩ですが、ExMで何かを定量する、といった応用を考えている人には大きいかもしれません。いや~、ポリマー化学の生体試料への応用は面白いことがいっぱい考えられていいですね。特定の目的のために独自のモノマーを合成する、という突破力と、Fig. 4での証明の仕方(ウイルスエンベロープが球状になっていることを利用した定量)のエレガントさが個人的に好きです。

著者らはこの手法について、『原理は示したが、まだ日常の研究利用に適したプロトコルになっていない』としており、まだ少なくとも4点発展の余地があるとしています。一応以下に列挙しておきますが、まぁ、この辺の問題はきっと解決してくれるのでしょう。

  • モノマーが市販されておらず、自分で作る必要がある
  • 標識部の架橋をアジドで行っているので、その部分のゲル構造が壊れてしまう
  • モノマーの大きさが可変だが、どのくらいの大きさが一番良いのかは不明。この辺のパラメーターは浸透や膨張度合いに効いてきそう。
  • 普段使いしている抗体を使っても、標識によるシグナル局在のブレが大きいため、ゲルがゆがみづらいという恩恵を受けづらい

ところで、このゲルとオリジナルのiExMの1st roundで使われてたゲルを交互に行えば、Expansion stepを無限に繰り返せそうな気がするんですが、どうなんですかね。Supplementary Fig.5では、取り敢えず、今回のゲルを1st roundに、2回目以降を従来のiExMのやり方で行うと、3rd roundまでできる(×40)ということを示しています。

Proximity Ligation Assayを応用してLTPが起こったシナプスを組織学的・経路特異的に検出

SYNPLA: A synapse-specific method for identifying learning-induced synaptic plasticity loci
Kim Dore, Yvonne Pao, Jose Soria Lopez, Sage Aronson, Huiqing Zhan, Sanchari Ghosh, Sabina Merrill, Anthony M. Zador, Roberto Malinow, Justus M. Kebschull
bioRxiv, posted August 15, 2019, doi: https://doi.org/10.1101/473314


【概要】
プレシナプスに人工タンパク質を発現&Proximity Ligation AssayによってLTPが起こったシナプスを組織学的・経路特異的に検出できる


【背景】
神経科学の主要な魅力の一つはシナプスの可塑性ですが(主観)、可塑的な変化が起こったシナプスを捉えるのは、二光子タイムラプスイメージング等をする必要があり、骨が折れます。そんな中、ZadorのとこでMAPseqをやってたKebschellから便利そうな手法、SYNPLA(SYNaptic Proximity Ligation Assay)が報告されました。

本手法ではProximity Ligation Assay(以下PLA)を応用しています。これは異なる2分子がある程度近傍(~40 nm)にあればシグナルを出すテクニックで、概要は以下にまとまっています。
https://www.sigmaaldrich.com/technical-documents/protocols/biology/how-pla-works.html
一応PLAについてざっくり言うと:

  1. 抗原Aに対する抗体と抗原Bに対する抗体にオリゴヌクレオチド(AoまたはBo)をつけ、免染。
  2. AoとBoをブリッジする ”コネクターオリゴ” とリガーゼを加える。これにより、もしAoとBoが近傍に存在するならコネクターオリゴが環状DNAを形成する。
  3. Rolling-Circle Amplification (RCA) によってその配列をぐるぐる増幅。
  4. 形成されたrolling circle colony (rolony) をISHによって高感度にイメージング。

SYNPLAでは形成されたシナプスをPLAで検出するため、まずプレシナプスに人工的なタンパク質、myc-Nrxnを発現させています。加えて、ここが地味に重要な点ですが、一部の脳領域ではLTP刺激後15-72時間以内はGluA1がポストシナプスに挿入され、その後置換されていくことを利用しています。なお、シナプス間隙は20 nm程度なので、PLAで捉えられます。


【手法と主要な結果】
Fig. 1c,d 手法説明&分散培養でのvalidation。PLAでそもそもシナプス(LTPが起こるか起こらないかに関わらず)を検出できるか検討。

  • 原理:プレシナプスとポストシナプスにそれぞれ局在し、互いに結合するモチーフ(Neurexin:NrxnとNeurolignin:Nlgn)に対し、人工的な抗原(mycとHA)を付加。オリゴヌクレオチドを付加したmyc抗体とHA抗体でPLA。
  • 実験:分散培養系にmyc-NrxnおよびHA-Nlgnをトランスフェクション。様々なDIVのサンプルにPLAを適用。
  • 結果:分散培養系ではDIVを経る毎にシナプス数が増加することが知られているが、それに対応して、DIVが伸びるほどPLAシグナル密度が増大することが示された(Fig. 1c,d)。つまり、PLAによってシナプスが捉えられることが示唆された。

Fig. 2 培養スライスでのvalidation。PLAでLTPによって挿入されるGluA1の挿入を捉えられるか。

  • 原理:PLAを用いる点、プレシナプスに人工タンパクmyc-Nrxnを発現させる点ではFig. 1c,dと同じだが、今回はポストシナプスに人工タンパクを発現させず、EndogenousなGluA1を用いる。つまり、GluA1への一次抗体にHAタグをつけておき、PLAを行う。
  • 実験:DIV14-18の海馬培養スライスに対し、CA3にSindbis Virusを用いてmCherry-t2A-myc-Nrxnを発現。cLTP等を引き起こしてSYNPLAを適用、CA1を観察。
  • 結果:cLTPを起こした群でPLA密度の増大が見られた。APVによってcLTPを阻害するとこの効果は打ち消された。

Fig. 3 in vivoでのvalidation

  • 実験:ラットauditory cortexおよび・またはMGNにAAV9でGFP-t2A-myc-Nrxnを発現。音恐怖条件付け。条件付け30分後に潅流固定。音恐怖条件付け時auditory cortexまたはMGNから外側扁桃体への投射でLTPが起こることが知らているため、外側扁桃体GFPの蛍光が見えている部分をPLAでイメージング。
  • 結果:条件付けを行った群でのみPLAシグナル密度の有意な増大が見られた。Naïve群やUnconditioned stimulusを与えた群ではこのような増大は見られなかった。


【感想】
人工タンパク質をAAVで局所発現させることによりプレシナプスを送る領域を規定できる点、PLAで高いSN比を担保できている点が良いですね。加えて、ちゃんとvivoでも使えて、市販キットを用いることで比較的安易に導入できそうな点も萌えポイントです。
一方で、パンクタの数がウイルスの力価によって容易に変わりそうなので、inner controlを厳密に取るのが難しそうではあります。あと、LTPがGluA1非依存な経路・細胞種でもこのような手法が使えると更に良さそうだな、とか。

DNA microscopy: DNA「で」顕微する手法

DNA Microscopy: Optics-free Spatio-genetic Imaging by a Stand-Alone Chemical Reaction
Joshua A.Weinstein, Aviv Regev, and Feng Zhang
Cell, Volume 178, Issue 1, 27, Pages 229-241.e16., doi: 10.1016/j.cell.2019.05.019

【概要】
DNAが任意分子の空間分布を推定するための計測手段となりうることを示した仕事。空間局在を観察したい分子(target)について、ユビキタスに発現する分子(beacon)に対する距離情報を記録。これを、DNAバーコードによる各分子の標識と、標識物のoverlap-extension PCRによる増幅&結合によって行う。産物の配列を読めば、解析的にTarget分子の空間局在を推定可能となる。

【背景】
µmスケールで特定分子の空間局在を調べるためには光学顕微鏡を用いるのが一般的ですが、本論文では、光ではなく、DNAというモダリティでもこれが行えることを示しています。

一般に、点同士の距離関係が「全て」既知の時、点同士の距離を要素に持つ行列は、求めたい座標軸を固有ベクトルとして持つ内積の行列に変換できるんだそうです(Classical multidimensional scaling)。ただし、今回の実験系から得られるようなデータでは、近傍の点同士の距離情報しか取れず、遠い点同士の距離情報は記録できません。今回の仕事のポイントは、各分子のローカル(かつノイジー)な距離情報だけからそのグローバルな座標を推定するための解析手法、sMLE(Spectral Maximum Likelihood Estimation)*1を開発したこと(Fig. 2-3)、そして、それを実現するのに十分なSN比を持つデータを生むための分子生物学的な工夫(Overlap-extension PCR&UEIの導入)にあると思われます(Fig. 1)。

【手法と主要な結果】
Fig. 1:手法の概要説明。主に分子生物学的な工夫について。

  • ユビキタスに発現するmRNA(Beacon)と、見たい分子のmRNA(Target)を、DNAバーコードを付加したcDNAでin situ 標識(このバーコードをUMI; Unique Molecular Identifier と呼ぶ)。
  • PCRによってBeaconとTargetをin situで増幅・空間的に拡散。この時、Beaconに対するプライマーとTargetに対するプライマーに相補的な配列を持たせることにより、空間的に近接した互いの増幅産物をアニーリング時に連結できるようにする(Overlap-extension PCR)。
  • なお、プライマーにもDNAバーコードを入れておくことにより、個々の連結イベントも固有のDNAバーコード(の組み合わせ)で標識する(UEI; Unique Event Identifier)。この工夫により、アーティファクトとして生じる非特異的な連結の影響が抑制される、らしい。
  • PCR産物(beaconの配列+beaconのUMI+UEI+targetの配列+targetのUMI)の配列を読む。UEIのリード数、即ち連結イベントの頻度は、各mRNAの相対的な距離に対応するので、各mRNAの相対的な距離から、それぞれのmRNAがどの位置にあったのかを解析的に推定できる(詳細はFig. 2,3 )。つまり、光学顕微鏡を用いず、シーケンシングによって分子の空間情報を読み取ることができる。

Fig. 2:本手法の実用性検証。細胞が密な部分を用いたPreliminaryな解析。

  • GFPを発現する細胞とRFPを発現する細胞の共培養系について、ユビキタスに発現する分子(βアクチン)のmRNAをBeaconに選択。更に、RFPGFP、そして別のユビキタスに発現する分子(GADPH)をTargetとし、DNA microscopyを適用。UMIは29nt, UEIは20nt(10 nt×2)。シーケンシングのエラーは0.1%~0.3%程度で、UMIにつき平均10 種類のUEIが見られるデータになるとのこと。UEIを2種類以上持つUMIについてのみを解析に用いた。
  • 各UMIを頂点、UEIリード数を重み付きエッジとしたグラフのラプラシアン行列を作成(UEI graph laplacian)。もしこのデータセットが各UMIの二次元座標を求めるのに十分な情報を含んでいるのであれば、UEI graph laplacianの固有ベクトルで張られる三次元空間上においても各UMIの点は概ね平面に分布することが想定される、らしい。ただし、全てのUMIについて(=細胞分布が疎な部分を含めて)この解析をやったところ、UMIの分布はとても複雑な形状になった。そこで、まずは細胞が密になっているであろう部分を表すようにグラフを分割し、解析を行った。
  • 分割されたグラフについて、それぞれの固有ベクトルで張られる3次元空間に分割されたグラフに含まれたUMIの点をプロットすると、おおむね二次元上に分布した(Fig. 2E-H。少し歪んでいるが)。そして、その平面上ではUMIのクラスターが見られた(細胞っぽい感じ)。更に、GFPRFPのUMIは別々のクラスター上に集積していた。これらの特徴は、実際培養していると観察されるものに近いと考えられ、DNA microscopyによって分子の空間局在が細胞かそれ以上の解像度で観察できること(UEIに距離の情報がきちんと書き込まれていること)を示唆する。


Fig. 3:細胞分布が疎な部分も含めた上で位置を推定する方法の説明

  • 細胞が疎な部分もうまく表現するために、今後はUMIの位置が以下の2つの要素によって決まるというモデルに従って考える(Fig. 3F, より詳しい形はSupplementary Information の Equation 10)。つまり、これまでも考えていたような (1) 各UMI間のUEIのリード数によって測られる各UMI間の距離、だけではなく、(2) 全てのUEI リード数と予想される反応速度、も影響すると考える。なお、(1) はUEIを形成するUMI同士を引き付ける力で、(2) は全てのUMIを他のUMIから引き離す力と見做せる。(1)と(2)のバランスが取れるようなUMIの位置が、一番尤もらしくUEIのデータを説明すると考えられる。
  • この式を念頭に置きつつ、筆者らはsMLEと呼んでいる手法でUMI位置推定を行った。これは、UMIの2次元座標をUEI graph laplacianの固有ベクトルTop2(小さい固有値2個に対応するもの)の線型結合で表現できるものとし、(1) と (2) の差を減らすように各固有ベクトルの係数を最適化、それが終わったらもう一つ新しい固有ベクトルを導入、同様の操作を行う…といったことを繰り返す手法、らしい(用いる固有ベクトルは最大100個まで)。シミュレーションによると、sMLEはUEIの数が実験データと同じくらい少なくても(UEI/UMI=10)、疎な部分が比較的うまく表現できるのが良いとのこと(Fig. 3G)。

Fig. 4:蛍光顕微鏡による撮影結果との照合によるDNA microscopy実用性の検討。

  • GFPRFPを発現する細胞の蛍光画像とDNA microscopyによる画像の比較。sMLEを用いている。著者ら曰く、似ている、という主張(4Bと4D)。
  • 定量データが無いので、何を以て似ているとするのか不明瞭。確かにそれぞれの細胞の位置はそれっぽいっちゃそれっぽいが、捉えられていない細胞も目立つ。一番キメのデータのような気もするが…うーむ。まぁ、少なくとも、現時点では蛍光顕微鏡ほど正確ではないにせよ、DNAを用いて分子の空間情報がある程度得られるというのは確か。

Fig. 5, 6:DNA Microscopyによって細胞が疎な部分も含むような広い範囲についても細胞かそれ以上の解像度でイメージングができる

  • Fig. 5にあるように、妙なアーティファクトは乗るが、まぁ細胞っぽいクラスターは見える。
  • これらのデータから個々の細胞がGFP/RFPポジであるということを推定できるよというのをある程度定量的に示したのがFig. 6。

【感想】
著者らは今回の手法の特徴として、高価な顕微鏡など特殊な機器を必要としないこと(次世代シーケンサーが特殊な機器かどうかには議論の余地があるが)、色の問題に制限されずに様々な種類の分子を一挙に見ることができること、解像度が光学顕微鏡とは異なるに要因に制限されること、といったものを挙げています。将来的な応用として、3Dでのイメージングや、見たい分子の様々なフォーム(Somatic mutation, RNA splicing, RNA editing, etc)を一挙に見れるということについても言及していました。

また、欠点として、やはり細胞分布が疎な部分はうまく表現できないことを挙げています。この解決策として、場所が既知のDNAシーケンスをイメージングサンプル上に導入し、それをランドマークとして用いることや(Slide-seq的な?)、解析的手法をもっと改良するといったことを考えているようです。

解析の妥当性がイマイチわかりづらいのですが(実際sMLEが完璧というわけでは無いようだ)、今後ますます発展していきそうな、興味深い仕事でした。Author Contributionを見るに、この仕事はほぼ全て筆頭著者のJoshua A. Weinstein が一人でやったみたいです。彼によるこの仕事のセミナーが極めて強烈なので参考までに貼っておきます。9月からシカゴ大で独立とのこと。
https://www.youtube.com/watch?v=hrqU2RP_9rc

*1:このSpectralはスペクトルグラフ理論への言及。スペクトルグラフ理論とは、行列表現されたグラフの特徴を、そのスペクトル(一般的には隣接行列の固有値一式。今回はラプラシアン行列の固有値一式)から推定する学問、とのこと。

“Prospective” にAAV搭載可能な細胞種特異的エンハンサーを探索する

Prospective, brain-wide labeling of neuronal subclasses with enhancer-driven AAVs

Lucas T. Graybuck, Adriana E. Sedeño-Cortés, Thuc Nghi Nguyen, Miranda Walker, Eric Szelenyi, Garreck Lenz, La’Akea Sieverts, Tae Kyung Kim, Emma Garren, Brian Kalmbach, Shenqin Yao, Marty Mortrud, John Mich, Jeff Goldy, Kimberly Smith, Nick Dee, Zizhen Yao, Ali Cetin, Boaz Levi, Ed Lein, Jonathan Ting, Hongkui Zeng, Tanya Daigle, and Bosiljka Tasic
bioRxiv, posted on January 31, 2019, doi: https://doi.org/10.1101/525014

【概要】

  • 既存Creマウス等の細胞について、scATAC-seq*1を行い、既知のscRNA-seqデータと対応付けてエンハンサー候補配列を推定。
  • AAV-PHP.eBや全脳イメージング等を用いた評価系で、皮質L5のPTニューロンとITニューロン特異的(ある程度のオフターゲットはまだあるが)なエンハンサーを同定。


【背景】
一般に細胞種特異的なラベリングはCreマウスを用いて行われますが、AAV搭載可能なエンハンサーだけでこれが行えれば、実験スループット向上やヒトへの応用が見込めます。ただし、これまでそのようなエンハンサーは少数しか見つかっておらず、システマチックに新規のエンハンサーを同定するような試みが待たれていました。

そんな中、大量のCreマウスを保有するAllen Instituteから、既存CreラインやCAV-Cre, scATAC-seqとscRNA-seq、AAV-PHP.eBを組み合わせ、”Prospective” *2に新規のエンハンサーを2つ釣ってきた、という発表がありましたのでご紹介。


【結果】
Fig. 1は実験スキーム。以下の通り。

  1. 25種のCre-reporterラインの掛け合わせマウス、あるいは異なる3か所にCAV-Creを打ったレポーターマウスについて、V1をセクショニング、FACSにかけてtdTomatoポジの細胞をsingle cellに分離。
  2. 各細胞をscATAC-seqにかけ、その結果に基づいてクラスターを作成。個々のクラスターについて、細胞種のマーカー遺伝子転写開始点へのアクセシビリティ(転写開始点±20 kbpのATAC-seq結果)を、scRNA-seqのデータセットから得られる各遺伝子の発現量と対応付け、細胞種を同定(Tasic達が去年発表したscRNAデータに基づいた分類。こんなんでうまくいくんだーというのが個人的に結構びっくり)。
  3. クラスターについて、種間保存性が高い、~500 bp程度のエンハンサーらしき配列を推定(scRNA-seqの結果から狙いたい細胞種の特異的マーカーとみられる遺伝子のTSS ±1 Mbpについて、scATAC-seqの結果から探索。ここはマニュアルらしい)
  4. 該当配列をクローニングしてミニマルプロモーターに結合、その制御下でリコンビナーゼまたは蛍光タンパク質を発現するようなpAAVを作成し、AAV-PHP.eBでパッケージング
  5. 作成したAAV-PHP.eBを(レポーター)マウスに打ち込み、2週間後に発現パターンを組織学的に観察またはFACS→scRNAで細胞種を同定

Fig. 2では実際にscATAC-seqから作成されたクラスターが示されており、綺麗に分かれている様子が見て取れます(Fig. 2c, d)。また、それぞれのクラスターはscRNA-seqのデータから既知の細胞種の発現パターンに相関するようです。そして、筆者らは特に、V1のL5が3種類の細胞種(IT:他皮質に投射, PT:視床に投射, NP: 近くの細胞に投射)に分かれること、ITとPTを分けるエンハンサーが未知であることから、ITもしくはPTスペシフィックなエンハンサーを釣ってくることを目的としました。そのために、ITとPT両方をラベルするRbp4-Creのデータと、視床に打ち込んだCAV-Creのデータから、PTだけでオープンになっている配列4種類程度と、ITだけでオープンになっている配列2種類を同定し、これをクローニングしています(Fig. 2e.f)。

Fig. 3はこれらの制御下で蛍光タンパク質を発現するようなAAV-PHP.eBを作成し、マウスV1に局所投与した結果です。Fig. 3bが発現の様子で、2つのエンハンサーでL5での特異的な発現が見られました(Fig. 3a,b, mscRE4とmscRE16。mscRE: mouse single-cell regulatory element)。特に、mscRE4でラベルされた細胞をFACSで単離したところ、90%以上がL5のPTニューロンであることがわかりました(FIg. 3c)。このような細胞の電気生理学的な性質も既知のPTのものと一致することが示されています(Fig. 3d)。

Fig. 4, 5はこれらの制御下で様々なリコンビナーゼ(FlpO, iCre, dgCre,)またはtTA2を発現し、それぞれに適したレポーターラインにAAV-PHP.eBを静注した際の結果です。dgCreを除いたリコンビナーゼとtTA2で特異的なL5特異的な発現が見られていますが、その効率や特異性はタンパク質によって異なることがわかりました(Fig. 4a)。特に特異性の高かったFlpOについて全脳の発現を2-photon tomographyで見たところ、mscRE4 では皮質で発現する細胞の87.5%がL5のPTを、mscRE16 では42%がL5のITをラベルしていることがわかりました。ただし、他の脳領域において予想外のラベリングを相当量していることもわかりました (Fig. 4b, c、Fig. 5a-c, Supp Fig. 11)。


【感想】
オフターゲットは多いですが、mscRE4くらい特異性が高ければ、AAV-PHP.eBの静注でCreを発現させて、局所性が担保されている領域にCre依存的に発現するような配列を有するAAVを打ち込む、という使い方はできそうですね。他グループからもATAC-seqを用いた類似報告が上がってきていますが(それはそれでDNA barcodeを使っている等の工夫があって魅力的なのですが)、Creマウスとマンパワーを大量に保有している点で、この辺はAllen Instituteが蹂躙していきそうな気はします。

最初パッと見た時は同じ細胞からscATAC-seqとscRNA-seqをしたのかと思いましたが、そうではなく、scATAC-seqのデータを、既存のscRNA-seqのデータと対応付けていたのが意外でした。そんなにうまくいくのね。あと、TSS±1 MbpのATAC-seqデータからputativeなエンハンサーを探してきたそうですが、その過程がマニュアル(職人技)なのが少し気がかりで、ここを自動化できたらより汎用性の高い手法になるんじゃないかな、と思いました。

搭載可能遺伝子配列長の制限、力価・個体による感染効率のバラつき、トロピズム、オフターゲット等の問題はついて回りますので、全てのCreマウスが不要になるということは無いと思いますが、ワクワクする論文でした。ただし、25種類のCreマウスを用いてこれだけしか見つからなかったのか、あるいは今色々と見つけている途中なのかは明記されていなかったので、スケーラビリティについての判断はまだできないです。つまりこのアプローチが『見込みがある』という意味でProspectiveかは、まだわからん、と(うまい)。これから数年でバンバン新たなエンハンサーが報告されることに期待しましょう!

注意すべき点としては、力価やリコンビナーゼの選択によって特異性に若干の変化が出ることです(Supp Fig. 9, 10)。単純に、『このエンハンサーを使えば狙った通りの細胞が100%ラベルできる!』と考えてこのツールを用いると、思わぬ落とし穴にハマるかもしれません。例えば別のエンハンサーを組み合わせるとか、undesiredな細胞種でmRNAの分解が促進されるような3’UTR配列を加える等、よりロバストかつタイトな標識を実現するための工夫はまだ必要そうです。

*1:ATAC-seq: hyperactiveなTn5 transposaseをアダプター配列と共に細胞に入れると、オープンクロマチン構造にアダプター配列が挿入される。そして、アダプター配列を対象としたプライマーで配列を読めば、オープンクロマチン構造を同定できる。

*2:特定の配列でラベルされた細胞をRNA-seqで読んで標識特異性を検討してきたこれまでの研究を”retrospective”と呼び、既にある程度特異的にラベルされたCreマウス等の細胞をsingle-cellで読んでエンハンサーを探してくるのを”prospective”と呼んでいるようです(その効果の評価過程は”retrospective”とあまり変わらないような気もしますが)

AAV-PHP.eBは内皮細胞のLY6A依存的に血液脳関門を通過する

Delivering genes across the blood-brain barrier: LY6A, a novel cellular receptor for AAV-PHP.B capsids
Qin Huang , Ken Y. Chan, Isabelle G. Tobey, Yujia Alina Chan,Tim Poterba, Christine L. Boutros, Alejandro B. Balazs, Richard Daneman, Jonathan M. Bloom, Cotton Seed, Benjamin E. Deverman
bioRxiv 538421, Posted February 01, 2019., doi: https://doi.org/10.1101/538421

【概要】
異なる13系統のマウスのゲノムと表現型(感染の有無)から、AAV-PHP.eBがBBBを通過するためには、血管内皮細胞が発現するLY6Aが必要であることを示唆した。

【背景】
AAV-PHP.eBは静注するとBBBを通過して脳の細胞に感染します。ただし、どのような機構でBBB通過を実現しているのかは明らかではありませんでした。
さて、AAV-PHP.eBには同じマウスでも系統が異なるとBBBを通過しないという弱点がありました。今回AAV-PHP.eBの開発者であるDevermanはこの事実を逆手に取り、内皮細胞が発現するLy6aというタンパク質がBBB通過に重要な役割を果たすということを示唆しました。

【手法と主要な結果】
Apache Spark(巨大なデータに対して高速に分散処理を行うオープンソースフレームワーク、らしい)を用いたHailというゲノム比較ソフトウェアによって、表現型と対応付けられるSNPまたはindelの絞り込みのために、何系統のマウスを比較するべきかの当たりを付ける
→タンパク質をコードしている領域等、候補となる可能性の高そうな部分だけなら、12系統もあれば10箇所くらいに絞り込めると想定(Fig. S2a)

・13系統のマウスを導入してAAV-PHP.eBをインジェクション、nls-GFPを発現。表現型とゲノムを比較(Fig. S2A)
→7系統で感染あり、他は無し(Fig. 1D)
→Ly6aまたはLy6c1のミスセンスSNPが候補であることが想定される(Fig. 1D)

・Ly6a抗体による免染によって局在を検討
→LY6Aが血管内皮細胞に発現していることを免染によって確認(Fig. 2A)。
→AAVの感染と免染によるLY6Aの有無が相関することを発見(Fig. 2AおよびFig. S3。個人的には一残基のミスセンスで染まらなくなるのは自明ではない気もするが…)。LY6C1は相関無し(Fig. 2D)。

・C57/B6由来の微小血管内皮細胞培養細胞(BMVEC)のLy6aまたはLy6c1をAAV-SaCas9でKOし、その後AAV-PHP-eB感染の変化を検討(qPCRまたはルシフェラーゼアッセイ)
→Ly6a KOではAAV-PHP.eBの感染効率が低下。qPCRでもルシフェラーゼアッセイでも。(Fig. 3D、E)

・HEKにLy6aまたはLyc1を過剰発現。その後AAV-PHP-eB感染の変化を検討(qPCRまたはルシフェラーゼアッセイ)
→Ly6a OXではAAV-PHPシリーズの感染効率が上昇。qPCRでもルシフェラーゼアッセイでも。(Fig. 3F、G)

・Ly6aのミスセンスのうちどれがクリティカルに効いてくるのかを検討。ミスセンス変異体を発現した細胞ライセートをウイルスとインキュベーションしてウェスタンブロッティング。
→V106Aのミスセンス変異体ではPHP.eBのカプシドが検出されなかった(Fig. 3H、ここではLY6A抗体がミスセンス変異体にも効いているのは疑問ではある)。
→この残基がAAV-PHP.eBとの相互作用に重要であると考えられる。

・AAV9ならば細胞への結合に重要なガラクトースがAAV-PHP.eBの結合にも必須か検討。ガラクトースを細胞外に出す細胞株Lec2と、そうであないPro5, Lec8(全部CHO細胞系)にLy6aを導入、qPCRとルシフェラーゼアッセイによって感染効率を検討
→AAV-PHP.eBは、Ly6a導入無しではほかの細胞株に比べてLec2に良く感染する。ただし、Ly6aを導入すればLec2と他の細胞株との感染効率にほとんど変化はなくなる(Fig. 4A-C)
→LY6Aがガラクトースと独立して働いていることを示唆

・AAVR(普通のAAV感染に必要な受容体)KOマウスにAAV-PHP.eBを投与。nls-GFPの発現を検討
ニューロンへの感染は無くなるが、血管内皮細胞には感染する(Fig. 4F)
→他のAAVと同様の感染機構と、それとは別の感染機構を同時にもっていることを示唆

【感想】
AAV-PHP.Bを作成した時のスクリーニング系(CREATE)の時も感じましたが、スクリーニング系がエレガントです。タンパク質だけでなく責任残基までも見つけて来るとは。ちなみにDiscussionによるとスクリーニングは3週間で終わったんだそうです。

V106ですが、配列から、GPI付加配列のオメガサイト(切断点)だと予想されるんだとか。ここに変異が入るとGPIアンカーが結合しなくなるので、細胞内輸送や局在がおかしくなるのかもしれません。

敢えて批判をすると、Preprintなだけあって全体的に例数が少ないのはちょっと気になります(n = 3が多い)。あと、Ly6aをKOまたはミスセンス変異体をKIしたC57/B6にAAV-PHP.eBを感染させるような実験があれば更にいいなと思いましたが、現在DevermanはFeng ZhangのいるBroad Instituteにいるみたいなので、もう検討は始まっているんじゃないかなーと予測されます。残念ながら霊長類にはLy6aがないのですが、Ly6のホモログはあるそうなので、その辺をターゲットに色々やればヒトに適用可能なAAV-PHP.eB的なウイルスができるのかもしれません。

Topological Engineering - チャネルロドプシンを膜に対して逆向きに挿入できる&逆向きに挿入されたオプシンは新たな性質を持つ

Expanding the Optogenetics Toolkit by Topological Inversion of Rhodopsins

Cell, 175, 4, 1131-1140.e11
Brown J, Behnam R, Coddington L, Tervo DGR, Martin K, Proskurin M, Kuleshova E, Park J, Phillips J, Bergs ACF, Gottschalk A, Dudman JT, Karpova AY

  1. 特定の配列を融合するだけでチャネルロドプシン等を膜に対して逆向きに挿入できる(Fig. 1)
  2. 逆向きに挿入された光遺伝学ツールは新たな性質を持つ(Fig. 2)。
  3. 逆向きにしたChR2 E123T/T159Cはvitro(Fig. 4)およびvivo(Fig. 5)において抑制性の光遺伝学ツールとして有用である

融合したタンパク質は、Neurexin 1Bの膜貫通ドメインに、furinプロテアーゼで分解されなくなる配列を付加したものだそうです。他にも、Synaptobrevinの膜貫通ドメインや、ハエの嗅覚受容体OR 59D.1のN末端配列の一部でも同様にチャネルを逆に挿入できることを示しています。このような改変を筆者らはTopological InversionまたはTopological Engineeringと呼んでいます。


これだけでも驚きなのですが、Fig. 2、つまり逆向きに挿入された光遺伝学ツールが新たな性質を持つのも意外です。本論文で見られているのは以下の2つ。

  • 逆向きにした CsChrimson の場合|逆転電位とイオン選択性が変化
  • 逆向きにした ChR2 E123T/T159C の場合|至適波長がレッドシフトした非選択的カチオンポンプになる(FLInChRと呼ぶ)


Karpova, ツール作りのラボじゃないのに、rAAV2-retroに続いて、とても面白いモノを出してきました。複数の融合配列がタンパク質を逆にできること、そして複数のオプシンが逆になり、一部は新たな性質を持つようになることから、Topological Engineeringというのは応用範囲が広そうなタンパク質改変のアプローチであることを示唆しています。

論文に登場したマウスお絵かき傑作選

1. Alhadeff et al., Cell (2018)
A Neural Circuit for the Suppression of Pain by a Competing Need State
f:id:tak38waki:20180326182022j:plain
そこはかとない欧米感


2. Partridge, Front. Pharmacol. (2015)
Utilizing GCaMP transgenic mice to monitor endogenous Gq/11-coupled receptors
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ネズミ…?


3. Feinberg et al., Nature (2015)
Orientation columns in the mouse superior colliculus

まずはFig 1
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続いてExtended data 1
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4. Nashaat et al., eNeuro (2017)
Pixying Behavior: A Versatile Real-Time and Post Hoc Automated Optical Tracking Method for Freely Moving and Head Fixed Animals
f:id:tak38waki:20180326182158j:plain



5. Jouhanneau et al., Neuron (2014)
Cortical fosGFP Expression Reveals Broad Receptive Field Excitatory Neurons Targeted by POm
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6. Tervo et al., Cell (2014)
Behavioral Variability through Stochastic Choice and Its Gating by Anterior Cingulate Cortex
f:id:tak38waki:20180326182225j:plain

後輩のI氏はこのfigを見ながらこれを思い出していたらしい


番外編. Graziano et al., Neuron (2002)
The Cortical Control of Movement Revisited
f:id:tak38waki:20180326182306j:plain
定番。

GCaMP7(A317Lとは?)

jGCaMP7 cultured neuron data

Unpublished, Douglas Kim and Colleagues

論文ではありませんが、JaneliaのGENIEがGCaMPの新シリーズを出しているようですのでご紹介。jGCaMP7。全部で4種類。

  • jGCaMP7s - sensitive detection of activity
  • jGCaMP7f - more sensitive replacement for GCaMP6f
  • jGCaMP7b - higher baseline fluorescence, for imaging small structures (neurites)
  • jGCaMP7c - very low baseline fluorescence, for wide-field imaging

培養ニューロンでの基礎データはこちら(タイトルのリンク先、一番下のPDFより)。
f:id:tak38waki:20180215004729p:plain

プラスミドはAddgeneで購入可能。AAVはまだ。
https://www.addgene.org/browse/article/28192237/


どういう改変を入れたかについての説明書きはGENIEのページには無いのですが、Addgeneのページでタンパク質の別名を見たところ、以下のようにありました。

  • jGCaMP7s:GCaMP3-A52V K78H T302L R303P A317L D380Y T381R S383T R392G
  • jGCaMP7f:GCaMP3-T302L R303P A317L D380Y
  • jGCaMP7b:GCaMP3-T302P R303P A317L M374Y D380Y T381R S383T R392G
  • jGCaMP7c:GCaMP3-L59Q E60P T302L R303P M378G K379S D380Y T381R R392G T412N

参考までに、GCaMP6シリーズとGCaMP5Gの別名をば。

  • GCaMP6s: GCaMP3-K78H T302L R303P D380Y T381R S383T R392G
  • GCaMP6m: GCaMP3-T302L R303P M378G K379S D380Y T381R S383T R392G
  • GCaMP6f: GCaMP3-T302L R303P A317E D380Y T381R S383T R392G
  • GCaMP5G: GCaMP3-T302L R303P D380Y

つまり、やったことはこういうことみたいです。

  • jGCaMP7s: GCaMP6sにA52V A317Lを追加
  • jGCaMP7f: GCaMP5GにA317Lを追加
  • jGCaMP7b: GCaMP6sからK78Hを抜いてA317L M374Yを追加。T302LをPへ(18/12/09追記)。
  • jGCaMP7c: GCaMP6mからS383Tを抜いてL59Q E60P T412Nを追加


個人的に特に興味深いのはjGCaMP7fで、GCaMP6シリーズの開発で見つけた変異を全部無視し、GCaMP5GにA317Lという、一個の変異を入れることでここまで驚異的な進歩を生み出しています。

GCaMP6論文に記述があったのですが、A317はM13–CaMが相互作用する場で、Caへの親和性に影響するとのこと。GCaMP6シリーズの開発でもここは検討の対象になっており、実際6fでA317Eという変異が入っているわけですが、何故このA317Lという変異が見落とされていたのかは謎。

jGCaMP7s, f, bで採用されているこの変異が一番のブレイクスルーだと思われます。A52V、L59Q、E60PはcpEGFPの残基。ベースの蛍光を落とすのに役立ってるのでしょう。M374YとT412NはCaMの残基。



PS
そもそもGCaMPってどういう原理で動いてるの?という方はコチラの記事もご参照ください
http://tak38waki.hatenablog.com/entry/2014/04/29/033013

Arcはウイルス様のカプシドを形成してmRNAを細胞間輸送する(かも)

The Neuronal Gene Arc Encodes a Repurposed Retrotransposon Gag Protein that Mediates Intercellular RNA Transfer

Cell, 172(1-2), 275-288.e18
Pastuzyn ED, Day CE, Kearns RB, Kyrke-Smith M, Taibi AV, McCormick J, Yoder N, Belnap DM, Erlendsson S, Morado DR, Briggs JAG, Feschotte C, Shepherd JD.

Arcと言えば「神経活動依存的に発現する遺伝子」というイメージが強いかと思います。その都合の良い性質から、神経活動を調べるためのツールとして応用されることが多いため、Arc神経科学者お気に入りの遺伝子の一つになっていると言えるでしょう。一方で、タンパク質としてのArcの機能も盛んに研究されており、例えば、活動の弱いシナプスに集積してGluA1のエンドサイトーシスに関わる(Okuno et al., 2012)とか、他にも色々なことが提唱されています。今回紹介する論文は、これらとは別の、まったく新しいArcの機能を示唆するものです。

今回Shepherdらのグループは、Arcタンパク質はmRNAを包んだウイルスのようなカプシドを形成できることを示しました。そして、このカプシドは細胞外小胞(以下EV)に包まれてニューロンから細胞外へ放出されることにより、細胞間でmRNAの輸送を行いうる、という説を主張しています。根拠となる主なデータは以下の通り。

  • ArcはレトロウイルスのGag(カプシドタンパク質をコードする遺伝子)と似た配列を含んでいる。そこで、Arcもウイルスのカプシドのような構造を形成するか調べるため、何の配列も付加していない状態のラット由来Arc(prArc) 2 mg/mLを負染色電顕またはクライオ電顕によって観察した。結果、直径32 nm程のウイルスのカプシド様の構造が観察された(Fig. 1B)。このことから、Arcもウイルスのカプシドのように核酸を運べる可能性が考えられる。
  • Arcタンパク質が核酸を包んでいるかを検討するため、大腸菌から精製したprArc溶液から、ArcasnAバクテリアに豊富に存在)のmRNAについてqRT-PCRを行ったところ、どちらのmRNAも確認された。Arcの1/15倍量のmRNA量を持つasnAは、Arcの1/10倍だった(Fig. 2A)。このことから、prArcはmRNAに結合すること、とくにその場に多いものに結合する可能性が考えられる。また、これらのmRNAはRNAse処置によって無くならず、カプシドの中で守られていると考えられる。なお、prArc精製前に核酸を取り除く操作を行うと、prArcのカプシド構造は観察されなくなった。このことから、カプシド形成には核酸が必要である可能性が考えられる(Fig. 2E)。
  • レトロウイルスのカプシドは、EVと似たような機構で細胞から放出される。もしArcがレトロウイルスのように細胞外へと放出されるのであれば、EVと一緒に取れてくる可能性が考えられる。そこで、実際にニューロンからArcが放出されるかを検討するため、培養マウス皮質ニューロンのEV画分を超遠心機を用いて分離したところ、ウェスタンでArcタンパク質が確認された(Fig. 3D)。また、EV画分をqRT-PCRにかけたところ、ArcのmRNAが検出された(Fig. 3E)。更に、EV画分についてArcを免疫金標識して電顕で観察したところ、EVの14%がArcポジティブだった(Fig. 3F)。このことから、vivoではEVに包まれた状態のArcタンパク質およびmRNAが存在していることがわかる。
  • 放出されたArcがmRNAを他のニューロンに輸送しうるか検討するため、Arc KOマウス由来の培養ニューロンにWT由来のEVを処置した。処置1時間後のサンプルからはArcタンパク質シグナルの上昇が見られ、4時間後のサンプルからはmRNAの上昇が見られた(Fig. 6)。このことから、EVがArcタンパク質を介してArc mRNAを輸送している可能性が考えられる(にしてもタイムコース遅いですね)。
  • 輸送されたArc mRNAが輸送先で転写されるか検討するため、Arc KOマウス由来の培養ニューロンにWT由来のEVを処置後、Arcの転写を促進することが知られているDHPG(nGluR1/5アゴニスト)を処置した群としなかった群でArcタンパク質量を免染の蛍光強度で定量したところ、処置群の方で有意に高い蛍光強度が見られた(Fig. 7B)。このことから、輸送されたArc mRNAがDHPG依存的に転写されたことが示唆される。

他にも、Arcのカプシド形成および細胞間mRNA輸送に必要なドメインの同定とかもやっています。筆者らは、今回見られたようなArcのカプシドを、”Arc Capsids Bearing Any RNAs”を略してACBARsと呼ぶことにしたようです。我々にとって親しみ深いArcにこのような側面が隠れていたとは、驚きです。

ただ、データの細かいところを見ると、色々と気になるところはあります。例えば、上では扱いませんでしたが、Fig. 4は、融合タンパク質でも本当にカプシドができるのか?とか、プラスミドとトランスフェクション試薬が培地にちょっとでも残ってたら同じ結果が出るんじゃないか?とか、定量データが無いけど再現性はあるのか?とか。あと、Fig. 5以降のデータは、タンパク質とかmRNA量の指標として、KOニューロンで検出された蛍光強度のfold changeで出しています。KOでは本来何も検出されないはずなので、ここで出ている数値をどう解釈したらいいのかはよくわからないです。

それと、これはふつうに面白いなと思った点ですが、Fig. 5とか7AではprArcを培養Arc KOニューロンにぶっかけることでArcタンパク質やmRNAが検出されるようになるということを言っています。つまり、EVに包まれてない、いわば剥き出しのカプシドでも細胞内に入って行けちゃう、というデータです。詳しいメカニズムは不明ですが、これってどんなmRNAでもArcカプシドに包むだけでニューロンに導入できちゃうってことなんですかね?もしそうなら、毒性低そうだし、比較的簡単に調整できそうなベクターで、応用効きそうな感じもしますね。

注意したいところですが、本論文中ではvivoでもカプシドが形成されているのか、EVの中にArcの「カプシド」が含まれているのか(免疫金標識じゃ見えない理由ってあるんだろうか…?)、カプシドがvivoでもしあったとして、EVに包まれないと細胞外へと放出されないのか、ということまでは示されていません。この辺は今後何らかの方法で検討されていくのではないかと思われます。

なお、これと一緒に出たThomson, Budnikらのグループからの論文では、ハエのArcホモログdArc1が神経筋接合部のシナプス間を移動しうると主張されています。中枢ではないですが、だからこそ、プレとポストが異なる細胞種由来であることを利用して、細胞種特異的な操作を行うことにより、vivoの系でも同様の現象っぽいものを見ることが可能になっているという点は特筆すべきかと思います。また、EV内に含まれるmRNAの網羅的な解析をして、dArc1の量が一番多いことを示しており、この論文も読み応えがありました。

著者らの主張が正しかったとして、Arcカプシドによって運ばれるArcが輸送先で何をしているのか、とか、Arc以外にはどのようなmRNAを運ぶのか、とか、運ばれるものの内容は状況によって異なるのか、とかが気になりますね。Arcって活動の弱いスパインに集積してるイメージがあるんですけど、「お前は俺と結合してる中では相対的に弱い方だぞ」、的な情報をプレシナプスにフィードバックしているんでしょうか。そうだったとしたら何のmRNAを送って、何をやらせるんでしょうか。妄想が膨らみます。笑

GlyoxalはPFAに取って代わる固定剤となる…のか…?

Glyoxal as an alternative fixative to formaldehyde in immunostaining and super‐resolution microscopy

The EMBO Journal (2017) e201695709, DOI 10.15252/embj.201695709
Richter KN, Revelo NH, Seitz KJ, Helm MS, Sarkar D, Saleeb RS, D'Este E, Eberle J, Wagner E, Vogl C, Lazaro DF, Richter F, Coy-Vergara J, Coceano G, Boyden ES, Duncan RR, Hell SW, Lauterbach MA, Lehnart SE, Moser T, Outeiro T, Rehling P, Schwappach B, Testa I, Zapiec B, Rizzoli SO.

組織の固定によく用いられるPFAは、実は毒性高いとか標本の形態が微妙に変わるとかいう問題を抱えています。そこで別の選択肢としてグルタルアルデヒド等があるわけですが、そいつらも一長一短。例えばグルタルアルデヒドは、浸透性が低いとか架橋が強すぎるとか自家蛍光が強いとかいう問題があります。筆者らは、これらの問題を解決しつつ、簡単に手に入る固定剤を探しました。

行きついたのがGlyoxal。最も簡単な構造のジアルデヒドです。Fig. 16を見る感じ、PFAの上位互換というよりは、固定する対象によってはPFAより良いこともある、という感じ。PFAより良い点として、浸透が速い(fig. 1)とか形態の変化が少ない(Fig. 2)とかタンパク質の固定力が強い(Fig. 3)とかを挙げていますが、それぞれ根拠となるデータは、PIが細胞内に入っていく時間が速い(Fig. 1)とか、培養細胞の形態変化が少ない(FIg. 2)とか、細胞の破砕液に固定剤を加えた後にSDS-PAGEしてみた時のバンドが濃い(Fig. 3)とか。Fig. 2は良さそうですが、Fig. 1, 3は、このデータでそれが言えているのか疑問です。まぁ、見たいタンパク質がPFA固定して免染で染まらない時は、試してみるのもありなのかな、というくらいの受け取り方で良いと思います。

気になる組成は以下の通り。4 mLの固定剤を調整するのに…

  • 40% グリオキサール...0.313 mL
  • エタノール...0.789 mL
  • 酢酸...0.03 mL
  • DDW...2.835 mL
  • NaOH...pH 4-5になるまで

固定した後はNH4Clとグリシンでクエンチしてます。エタノール添加とか低いpHを加える理由については、この条件だと固定前後での形態の保存がいいんだとか(Supple Table 1)。こんだけpH低いと蛍光タンパク質の消光が気になるところですね(ちなみにpHはpH試験紙で調整したとか書いてありました)。ちょっと試してみようと思うのですが、TwitterでGlyoxalを検索するとPFAの方が良いわ的なツイートが多いので、あまり過度に期待しない方が良さそうな予感もします。笑

in vitro”血管”を用いてズリ応力依存的に血管の浸潤性が変化する分子基盤を解明

A non-canonical Notch complex regulates adherens junctions and vascular barrier function

William J. Polacheck, Matthew L. Kutys, Jinling Yang, Jeroen Eyckmans, Yinyu Wu, Hema Vasavada, Karen K. Hirschi & Christopher S. Chen
Nature, doi:10.1038/nature24998

血流のShear Stress(ズリ応力)は血管の浸潤性を変化させることが知られています。しかし、その分子基盤は明らかではありません。そこで今回筆者らは、in vitroでシンプルな”血管”を再現し、そこにマイクロ流体デバイスをつないで任意のズリ応力をかけられる系を作成し、これを検討しました。結果、Notch1が、普通に知られているようなシグナル経路とは異なる働き方で関わっていることが明らかになりました。データは以下の通り。

  • 細胞外基質で囲まれた空洞内にヒト由来の血管内皮細胞を配置。ペリサイトなどに包まれてはいないものの、シンプルなin vitro”血管”, hEMVを作成。これをマイクロ流体デバイスに結合。hEMVは流れが無いと浸潤性が高いが、流れがあると浸潤性が低く、vivoの血管を模している(蛍光デキストランで確認, Fig. 1a-c)。また、ズリ応力によって発現が上がるとされるNotch1やそのリガンドのDll4等の遺伝子が実際に上がっている(Fig. 1d)。
  • Notch1の細胞内ドメインICDの切断に関わるγセクレターゼをDAPTで阻害すると浸潤性は上がる。また、リコンビナントDll4を処置すると流れが無くても浸潤性は下がる。このことから、Notch1が血管の浸潤性に関わっていることが示唆される(fig. 1f)。
  • 通常、Notch1のシグナルは転写因子として働く。そこで、転写因子co-factorであるMastermindのドミナントネガティブ体dnMAMLを発現する細胞でhEMVを作成した。狙い通りNotch依存的な転写は抑えられたが(Extended data fig 3e), 血管の浸潤性には影響がなかった(Fig. 1i)。このことから、Notch1は血管の浸潤性を低くすることに関わるが、それは既知のシグナル経路を介していないことが示唆される。
  • Notch1の細胞内ドメインICD、またはICDと膜貫通ドメインTMD両方のtruncation mutantを持つ細胞をCRISPR/Cas9で作ってhEMVを作成。ICDだけ短くした方は低い浸潤性を持つ一方で、ICDとTMDの両方を短くした方は高い浸潤性を持っていた(Fig. 2b-d)。また、Notch KOの細胞にTMDを発現させた細胞でも浸潤性の低下は見られた(Fig. 2e-g)。このことから、NotchのTMDが単体で存在することが浸潤性の低下に重要であることが示唆される。なお、TMDはVE-カドヘリンと共局在する。
  • Notch1 KOやDAPT処置された内皮細胞はRac1の活性が落ちるがTMDを発現させるとレスキューされる(Fig. 3c-f)。Rac1はcortical actinの重合を通じて内皮細胞の接着結合を強化することが知られている。
  • ではNotch1とRac1はどうやって相互作用するのか?これを調べるために、Notch1と相互作用するVEカドヘリンをWTとNocth1 KOでCo-IPしたところ、VEカドヘリン結合パートナーのうち、膜貫通チロシンホスファターゼLARの量だけが落ちていることがわかった(Extended Data Fig. 8)。なお、LARはRac1のGEFであるTrioと相互作用することが知られている。
  • VEカドヘリンは切られていないNotch1とも結合するが、この際LARとはあまり相互作用しない。Nocth1のICDが切られることによってVEカドヘリンとLARの相互作用が上昇する(Fig. 3h)。

以上のデータと、ここでは紹介しませんが膨大な量の傍証から、ズリ応力に依存したNotch1の活性化・ICDの切断が、VE-カドヘリンとLARの相互作用を促進し、Trioの膜近傍への局在化とRac1の活性化、cortical actinの重合を通じて内皮細胞の接着結合を強化することで、浸潤性を低くしていることが示されました(Extended Data Fig. 9)。

独自の系の強みを最大限活かし、Notchというメジャーな分子の通常とは異なる働き方、という意外な事実を、目で見てわかるほどはっきりとした結果で示しているという点で、強く印象に残る仕事でした。

毒性の少ない(?) Iodixanolでin vivo深部イメージングが可能に?

A tunable refractive index matching medium for live imaging cells, tissues and model organisms

eLife 2017;6:e27240 DOI: 10.7554/eLife.27240
Boothe T, Hilbert L, Heide M, Berninger L, Huttner WB, Zaburdaev V, Vastenhouw NL, Myers EW, Drechsel DN, Rink JC

光の散乱を抑えるためには、標本とそれを浸す溶液の屈折率を揃えることが肝要です。ただし、これまで3DISCO, CLARITY, Scale, CUBIC 等, in vitro標本透明化で用いられてきた屈折率調製溶液(RI=1.45~1.52くらい)は、毒性があったり浸透圧が高かったりでin vivo標本への適用は困難でした。

著者らは、屈折率増分の高い化合物であるIodixanolは、毒性・浸透圧への影響が少なく、in vivo標本に適用可能であるということを主張しています。根拠となるデータは以下の通り。

  • Iodixanolは溶媒の屈折率を濃度依存的に、線形に上昇させる。60% Iodixanol溶液のRIが大体1.43。なお、水は1.33程度(Fig. 1a)。
  • 50% Iodixanolの浸透圧はPBSより低い(Fig. 1f)。
  • 30% Iodixanol を含む培地でもHeLaは3日間は正常に増殖する。また、20% Iodixanol を含む水の中でも受精卵から発生したゼブラフィッシュは正常な体長を持ち、生存率も正常。更に、50% Iodixanolを含む水の中でもプラナリアは3週間生き残る(Fig. 2)
  • Iodixanol溶液を用いて屈折率を1.33から1.36に上昇させることにより、オルガノイドを構成する細胞の像が深部(とは言っても、40 um。笑)でも鮮明になる。Hoechstで染色(Fig. 3)。
  • Iodixanol溶液を用いて屈折率を1.33から1.41に上昇させることにより、プラナリアの体細胞の像が深部(とは言っても、80 um。笑)でも鮮明になる。RedDot2で染色(Fig. 4)。

今回やられている実験系で適切に毒性のアッセイができているのかは疑問ですし、イメージングデータの例数はごく僅かで定量方法も雑、深度もぶっちゃけかなり浅いですが、まぁよくeLIFEに通ったなぁ、というのが正直な感想。それくらいin vivoで深部組織を簡易にイメージングしたいというニーズがあるのかもしれません。なお、Iodixanolは細胞内液を置換することがないのか、組織そのものが透明になるわけではないようです。あくまで外液と組織の屈折率が近づくだけ、と。

in vivoではDREADDはCNOではなくCNOの代謝産物で活性化する?

Chemogenetics revealed: DREADD occupancy and activation via converted clozapine.

Gomez JL, Bonaventura J, Lesniak W, Mathews WB, Sysa-Shah P, Rodriguez LA, Ellis RJ, Richie CT, Harvey BK, Dannals RF, Pomper MG, Bonci A, Michaelides M
Science. 2017 Aug 4;357(6350):503-507

DREADD(Designer Receptors EXCLUSIVELY ACTIVATED by Designer Drugs)は生理的に不活性なCNO(クロザピン-n-oxide)で働くことがin vitroで示されてきました。しかし、in vivoでもCNOによって活性化されているかは明らかではありませんでした。

筆者らは、in vivoではDREADDはCNOではなくその代謝産物であるクロザピンで働いている、と主張しています。根拠となるデータは以下の通り。

  • AAVでhM3DqまたはhM4Diを脳内に発現。放射性同位体で標識したCNOを腹腔内投与。脳切片を作成してシグナルを取ってもほとんど見えず。一方で、放射性同位体で標識したクロザピンを腹腔内投与すると、DREADDを発現した箇所で強いシグナルが見られた(Fig. 1 I-L)。
  • 脳の片側にGFPを、反対側にhM4Diを発現。放射性同位体で標識したCNOまたはクロザピンを静脈内投与してPETイメージング。クロザピンを投与した時のみhM4Diを打った側でシグナルが見られた(0.3-0.6nmol/kg, Fig. 2A-G)。
  • 放射性標識したCNOを静注(2-4 nmol/kg)。35-40分後に血漿を回収し、radio-HPLCにかけたところ、クロザピンの場所にCNOの1/20程度のピークが見られた。すなわち、CNOがクロザピンに代謝されていることが示唆された(Fig. S2)。
  • また、GFPまたはhM4Diを発現した個体に放射性標識したCNOを腹腔内投与し、脳をすりつぶしたものをHPLCで見たところ、GFPを打った標本ではCNOのシグナルしか見えなかったのに対し、hM4Diを打った標本ではCNOとクロザピンのシグナルが見えた(Fig. 2N-P。ってかこれFig. 1と矛盾してない?検出感度の問題?)
  • hM4DiまたはGFP側坐核に発現させたラットに対して低用量のクロザピン(0.1mg/kg)を腹腔内投与したところ、hM4Diを発現させたラットでのみ自発運動量が低下した。なお、高用量のクロザピン(1mg/kg)ではGFPの方でも自発運動量が低下した。これは、クロザピンそのものの作用であると考えられる(Fig. 3H)。

ここで注意しなければいけないのは、Fig. 3のデータからも分かる通りクロザピンは生理的に活性がある、ということです。殆どの人は2009年にRoth,Wessのグループから発表されたPNAS論文のFig. S6から、CNOは代謝されないと信じていたので、こういう論文がScience誌に載ったことによって大騒ぎしています。ただし、この論文で、「DREADDダメじゃん!」、となるのは結論を急ぎすぎです。そもそも、CNOがクロザピンに代謝されるか否かは以前から議論の的に上がっていることです(http://science.sciencemag.org/content/337/6095/646.3/)。そして、論文ごとに結論が異なっています(否定:http://www.nature.com/neuro/journal/v19/n1/full/nn.4192.html , http://www.pnas.org/content/106/45/19197.full , 肯定:http://www.eneuro.org/content/early/2016/10/13/ENEURO.0219-16.2016 , http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acschemneuro.7b00079?src=recsys&)。Doseによる違いでは説明がつかないので、何故報告によって違うのかは気になるところです。あと、代謝されたクロザピンがDREADDに結合するのであれば、Fig. 1で放射性同位体で標識したCNOを投与した時結局クロザピンと同じようなシグナルが見えて当然だと思うのですが、なんでシグナルが見えないんでしょうね。濃度が低すぎるんでしょうか(0.3-0.5nmol/kg)。例数少ないのも気になります(n =2)。

ともあれ、クロザピンでDREADDが動くこと自体はガチっぽいですね。なお、筆者たちは、今回用いたクロザピンのdoseは”subthreshold”, すなわち一般にクロザピンが行動を引き起こすのに必要なdoseに至っていないにも関わらずDREADDを活性化させるのに十分であるということを言っています。これで争いを避けているようですが、データや引用にご都合主義的な部分が垣間見えますので、おそらくここからひと悶着ありそうな気がします。笑