第二世代CUBICでがん転移したマウスを観察する
Whole-Body Profiling of Cancer Metastasis with Single-Cell Resolution
Kubota SI, Takahashi K, Nishida J, Morishita Y, Ehata S, Tainaka K, Miyazono K, Ueda HR
Cell Rep. 2017 Jul 5;20(1):236-250
全身透明化によってがんの全身転移を1細胞の解像度で観察した仕事です。内容はプレスリリースにまとまっているのでそちらを参考にしてください(ぇ
ttp://www.m.u-tokyo.ac.jp/news/admin/release_20170706.pdf
個人的に注目したいのは以下の2点です。
■新しい透明化手法、CUBIC-L/R
しれっと新しい透明化手法を開発・利用しています。脱脂用の試薬をCUBIC-L, 屈折率調節用の試薬をCUBIC-Rと名付けています。組成は以下の通り。
脱脂:10% Triton-X, 10% N-butyldiethanolamine(ちなみにもう尿素は使っていない)
屈折率調節:45% antipyrine, 30% nicotineamide(屈折率1.52, 従来は1.49)
5日で脱脂、3日で屈折率調節。脱脂が速いですね。早速自分でも試してみました。CUBIC-Lは、確かに脱脂が速い。更に、SDSと異なり、完全に脱脂を行ったあとでも、組織の機械的強度は保たれています。ただし、組織はかなり膨潤します。CUBIC-Rは、溶液の粘性は低く、若干黄色味がかっています。スクロースを用いていたCUBIC-2では組織が若歪んでしまっていた印象がありますが、こちらの方が組織が綺麗なような(浸透圧の問題)?
■血管染色
α-SMA-FITCを使っています。糖鎖に結合するレクチンは基本的には透明化に弱いので、動脈だけを染めている模様。自分の血管染色法を紹介したいところです。笑
シーケンシングで個々のニューロンの投射先を一挙に調べる
High-Throughput Mapping of Single-Neuron Projections by Sequencing of Barcoded RNA
Kebschull JM, Garcia da Silva P, Reid AP, Peikon ID, Albeanu DF, Zador AM.
Neuron. 2016 Sep 7;91(5):975-87.
一般的な順行性トレーサーは、特定の領域に存在するニューロン全体の投射先を知ることはできても、個々のニューロンがどのように投射しているのかを知ることはできませんでした(Allenの脳地図とか)。一方で、単一ニューロン標識は例数を稼ぐのが大変です。そこでZadorらは、特定の領域内に存在する個々のニューロンの投射先を一挙に解析する手法を確立しました(MAPseq)。用いたのは、なんとシーケンシング。基本的なアイデアは以下の通り(Fig. 2)。
- 30塩基のDNAライブラリをsindbisウイルス(高い発現量を持つ)にパッケージング。で、特定の領域にインジェクション。一個のニューロンにだいたい一個のウイルスが感染。個々の塩基の並びをあたかも『バーコード』のように取り扱うことで、これを発現する細胞のIDとして利用することができる。なお実際は、このようなバーコード配列にはMAPP-nλ結合配列(boxB, 後述)が連結している。また、sindbisウイルスはMAPP-nλ(後述)とGFPも発現する。
- 特定の配列(boxB)を認識してRNAに結合するタンパク質と軸索に移行するタンパク質の融合タンパク質(MAPP-nλ)を用いて『バーコード』RNAを軸索まで十分量移行。
- 投射先領域の切片からRNAシーケンシングを行い、どのバーコードが存在していたかを調べることによって、個々のニューロンがどこに投射していたのかを知ることができる。
Brainbowに発想を得たんだそうです。蛍光タンパク質の組み合わせよりも、塩基を組み合わせた方が自由度が高いことに気付いてこうなったんだとか。天才の発想ですね。ただ、もちろん問題点はあります。主なものは以下の通り。
1個めの問題については、ウイルスの力価と量を調製すればおおよそ1つのニューロンに1つのバーコードを発現させられるようになるんだとか(Fig. 3B)。2個めの問題については、バーコードの数が感染するニューロン数より多いから大丈夫だと言っています(Fig. 3F)。ちょっとキナ臭いけど。笑
で、実際にこの系がワークすることはFig. 4で示されています。ちょっと前の論文ですが、bioRxivにこの手法を使っていた論文が上がっており(Mrsic-FlogelとZadorの共著、figの体裁的にNature?)、そういえばこの画期的な手法をブログで紹介してなかったなぁということで。
NeuroTrace 500/525によってペリサイトをin vivo標識できる
A fluoro-Nissl dye identifies pericytes as distinct vascular mural cells during in vivo brain imaging
Eyiyemisi C Damisah, Robert A Hill, Lei Tong, Katie N Murray & Jaime Grutzendler
Nature Neuroscience, 2017, AOP, May 15
血液脳関門は様々な細胞種からなります。その中の一つ、ペリサイトをin vivoで標識できるようになったよ、というお話。使っているのは、固定後の標本ではニューロンを特異的に染色すると言われているNeuroTrace 500/525。主要な結果としては以下の通り。
- NeuroTrace 500/525をin vivoで局所投与すると、血管(Texas Red Dextran静注)に隣接した、ペリサイトっぽいヤツらが染まる。こいつらはSR101で染まらないからアストロサイトではない(Fig. 1)。
- このポピュレーションはPdgfrb-cre::R26-Cag-TdTomato(ペリサイトと平滑筋にtdtomatoを発現)の一部を為す(Fig. 2)
- このポピュレーションはSMA-mCherry(平滑筋)とはオーバーラップしない(Fig. 5)
ちなみに、他のNeuroTrace類縁体では染められないらしいです。何故ペリサイトが染まるのかは不明ですが、何かしら特殊な取り込み機構があるんだろうとのディスカッションでした。色素で染められるようになったから色んな遺伝子改変マウスと組み合わせたりできて良いよね、だそうな。
4.5×4.5=??
Iterative expansion microscopy
Jae-Byum Chang, Fei Chen, Young-Gyu Yoon, Erica E Jung, Hazen Babcock, Jeong Seuk Kang, Shoh Asano, Ho-Jun Suk, Nikita Pak, Paul W Tillberg, Asmamaw T Wassie, Dawen Cai & Edward S Boyden
Nature Methods (2017), Published online 17 April 2017
SfN 2016で×20と×100の次世代型ExMが報告されており(従来は×4.5)、どうやって実装しているのか気になっていたのですが、×20の方の論文がNat Methに出ました。答えは、『拡張できるゲルに標識部位を架橋した上で、拡張を妨げている構造を壊してゲルを広げる過程を、2回やる』だそうです。シンプルなように聞こえますが、実装は意外と難しい。一回目の拡張で伸びきっているゲルの構造を、どうやってさらに拡張させるのでしょうか?
ポイントは架橋剤にあります。一回目の拡張時に、通常のビスアクリルアミドではなく、pH依存的に開裂する架橋剤、DHEBA*1を用いています。一方で、二回目のゲル形成には通常の架橋剤、ビスアクリルアミドを用いています。そして、二回目の拡張時、pHを変化させることでDHEBAを開裂させ、一回目に形成したゲルを壊す、というわけです。こんなことできるんですね。架橋可能なオリゴヌクレオチドを用いた抗体標識部位のハイブリダイゼーションによる保存が、2回目の拡張でも利用可能なところもポイントです。
SfNで発表されていた×100は更に別の架橋剤を用いているんですかね。こんな物性を持つ化合物があることを知りさえしませんでしたが、こういう分野の知識もあった方が色々とアイデアが生まれてきそうですね。
RNA染色のための組織透明化
Multiplexed Intact-Tissue Transcriptional Analysis at Cellular Resolution
Emily Lauren Sylwestrak, Priyamvada Rajasethupathy, Matthew Arnot Wright, Anna Jaffe, Karl Deisseroth
Cell 2016, 164(4), 792-804
CLARITYの架橋にはPFAとアクリルアミドを用いているんですが、この架橋方法、実は熱に弱いのだそうです。タンパク質は保持できても、核酸の保持には向いてないとのこと。そこで、Deisserothのグループは新たな架橋方法を開発しました。あと染色について色々と条件検討をしているようです。
- EDC(1-Ethyl-3-3-dimethyl-aminopropyl carbodiimide)はRNAのリン酸部位を架橋する。この固定剤はRNA保持能を上昇させるが脱脂の速度を大幅には低下させない。
- 蛋白質ベースのプローブより核酸ベースのプローブの方が組織への浸透が速い
- チラミドによるシグナルの増幅はサンプルの表面のみにしか有効でないが、Hybridization Chain Reactionによるシグナルの増幅は組織深部に対しても有効である(ヘアピン構造を取る核酸に基づいたプローブが、標的配列に出会った時に開裂する。開裂することによって更に別のヘアピン構造を開裂できるようになる。これが連鎖して起こることにより、シグナルが~200倍に増幅させられる)
2013年の最初のCLARITY論文はISHも普通にできるような印象を与えるものだったので、若干のマッチポンプ感は否めませんが、面白い論文でした。条件検討について赤裸々に書いてくれていたので、ブログには書きませんが参考になることも多かったです。余談ですが、今回透明化には電気泳動は用いられておらず、全部浸透によって行われています。電気泳動は再現性が低いとの悪評があるのですが、本家でも使われていないということは、やはりそういうことなんだろうなぁという印象。
非侵襲的に脳血管内皮細胞だけに感染するAAV
A brain microvasculature endothelial cell-specific viral vector with the potential to treat neurovascular and neurological diseases
Körbelin J, Dogbevia G, Michelfelder S, Ridder DA, Hunger A, Wenzel J, Seismann H, Lampe M, Bannach J, Pasparakis M, Kleinschmidt JA, Schwaninger M, Trepel M.
EMBO Mol Med. 2016 1;8(6):609-25
さいきんカプシド蛋白質のエンジニアリングによって特定の細胞集団に感染するような新規AAVセロタイプを開発した報告が相次いでいます。これまでもプロモーターを用いて特定の細胞集団に感染させるといったことはされてきましたが、カプシド蛋白質のエンジニアリングはまた違った特異性を出すことができるため、目的によっては非常に有用になってくるのではないかと思われます。今回ご紹介するのは、静注することによって、脳血管の内皮細胞特異的に感染するセロタイプです。
- AAV2のcapタンパク質の588-589番目のアミノ酸残基の間に7つのペプチドをランダムに挿入したライブラリを用意。自分のゲノムをパッケージするようにしてAAVを作成。静注。48時間後に脳を取り出して発現していたウイルスを回収。これを4回繰り返す。釣れてきた配列を持つウイルスにルシフェラーゼを包み、他臓器に比べて脳に発現が強いものを探す。結果、XXGXXWXを持った配列が釣れてくることがわかった。特に、NRGTEWDを持つ配列でパッケージしたものでの発現量が高かったため、今後の実験ではこれを用いた(AAV-BR1)。
- 脳の中で特にどの細胞に発現するのか確認するため、AAV-BR1 CAG-eGFPを静注、2週間後に切片を作成して免疫染色を施した。結果、特に血管の内皮細胞に発現することが分かった。また、脊髄の血管でも発現が見られた。ただし、すべての血管に発現するわけではなく、効率は30-40%程度だった。また、少数ではあるが、ニューロンへの発現も見られた。
これまでTek-CreなどのドライバーTgを用いて脳血管に特定のタンパク質を発現させようとした時、脳を開いてウイルスを注入する方法は侵襲的であり、レポーターTgとの掛け合わせでは全身の血管に発現してしまうという欠点がありました。また、Tgを用いなければならず、スループットがWTに比べると良くないという問題もあります。一方、AAVの静注を用いると、導入タンパク質は全身の血管に発現してしまいます。今回開発された手法は、AAVの静注という侵襲性の低い操作で、脳血管だけに特定のタンパク質を発現させており、これまでの欠点をすべて解決するような手法であると言えます。ただし、すべての内皮細胞に発現するわけではなく、また少量ではありますが心臓や少数のニューロンでも発現が見られているので、まだまだ発展の余地があると思われます。
rAAV2-retro|効率よく逆行性感染する新規AAVセロタイプ
A Designer AAV Variant Permits Efficient Retrograde Access to Projection Neurons
D. Gowanlock R. Tervo, Bum-Yeol Hwang, Sarada Viswanathan, Thomas Gaj, Maria Lavzin, Kimberly D. Ritola,Sarah Lindo, Susan Michael, Elena Kuleshova, David Ojala, Cheng-Chiu Huang, Charles R. Gerfen,Jackie Schiller, Joshua T. Dudman, Adam W. Hantman, Loren L. Looger, David V. Schaffer, and Alla Y. Karpova
Neuron 92, 1–11
逆行性に何かを飛ばそうとするときpseudotyped RabiesやCAV2が良く使われていますが、毒性の高さや感染効率の低さが問題でした。そこで今回、Karpova, SchafferらのグループはAAV2のゲノムに変異を入れていき、毒性が低く、かつ効率よく逆行性感染する新たなセロタイプを作り出しました。何といってもFigure 2が衝撃です。ウイルスでFluoro-Goldより強いとか。。
■ スクリーニング系について
AAVの基礎知識はこちらをご覧ください。
https://www.cosmobio.co.jp/support/technology/a/adeno-associated-virus-aav-apb.asp
AAVはセロタイプによって、少しではありますが逆行性に感染する特性を持つことが分かっています。そこで、今回KarpovaとSchafferらは、既存のAAV capライブラリを足掛かりに、以下のような手順で、逆行性に感染する特性を強くするようにAAV capを改変していきました(Kotter and Schaffer, 2014)。
結果、このプロセスを4回繰り返して強く逆行性感染する30のセロタイプを同定しました。これらのセロタイプは全て、野生型AAV2のカプシドタンパク質VP1の587番目と588番目のアミノ酸の間に10個のアミノ酸を人工的に導入したものであり、その並びはLAxxDxTKxAかLAxDxTKxxAとなっていました。なお、この領域は本来AAV2のco-receptorであるヘパリンと結合するためのものであり、今回導入されたような10個のアミノ酸を入れたことによって別のタンパク質に結合していると考えられます。そのタンパク質に結合することが逆行性感染に必要であるのではないかと考察されていました。
その後、30個の中からさらに17個のシーケンスを選び、それぞれのcapをヘルパーにCMV-EGFPをパッケージしました。その中でも例の10個のシーケンスがLADQDYTKTAである(ほかにV708IでN382Dの変異もある)クローンが特に強い蛍光を示し、これをrAAV2-retroと名付けました。Fig. 2-6はこのセロタイプの性能のデモになっています。
■ 注意点
Table S1で色々な領域に打った結果を示しています。mPFC, OFC, CA1-4, 偏桃体、視床、線条体、側坐核、MEC, 海馬支脚, V1, M1, 脊髄, 筋肉できちんとワークしています。ただし、上丘とdLGNではワークしないようです。経路によっては逆行性に行かないこともあるので、注意が必要なようですね。
■ 入手可能か?
現在のところVector CoreでこのセロタイプでパッケージされたAAVは入手可能ではありませんが、addgeneでパッケージ用のプラスミドを買うことができます。ですので、自分でAAVを作れるところでは作れる、という状況です。
https://www.addgene.org/81070/
追記(17/5/16):
なんかAddgeneでready to useのvirusが手に入るようになったらしいです。rgって書いてある奴。あら便利。
www.addgene.org
Blue Brain Project|脳回路の構成的理解に求められる、最低限の『リアルさ』とは?
Reconstrucion and Simulation of Neocortical Microcircuitry
Henry Markram, Eilif Muller, Srikanth Ramaswamy, Michael W. Reimann, …., Javier DeFelipe, Sean L. Hill, Idan Segev, Felix Schürmann et al.,*1
Cell (2015), 163(2), 456–492
何を以て脳を理解したとするか。答えは十人十色でしょうが、一つの回答として、『少数のパラメーターを用いた数式で脳の挙動を近似的に再現できたなら』という構成的なアプローチが挙げられます。これを達成するためには、本質的なパラメーターの洞察だけでなく、その数式に用いられる定数の値を実験的に求めることが必要になってきます。例えば今から60 年以上前、Hodgikin とHuxley は単一ニューロンのレベルでこれに近いことを成し遂げました。ただ、単一ニューロンの挙動だけから脳の機能について示唆されることは限られています。現代の神経科学に求められるているのはより高次のレベル、つまり複数のニューロンが結合することよって作られる『回路』レベルでの再構成です。
しかし、これまでに作られてきた回路のモデルは過度の捨象を含むためか、実際の脳回路の挙動のほんの一部の側面しか模倣できていません。つまり、回路レベルで脳の挙動を再現するために必要なパラメーターは、現状存在するモデルで用いられているより多いということが予想されます。そこで2005 年、Henry Markram をリーダーに、実際の脳から網羅的に形態的・電気生理学的な記録を取ることで様々なパラメーターを実際の脳に近づけ、よりリアルな脳をスーパーコンピューター上で再現するThe Blue Brain Project (BBP) が立ち上がりました。今回紹介する論文は、BBP が10 年めにして打ち立てた金字塔です。
本記事では、BBP のモデルがどのような実験データと仮定を基にして、実際の脳のどの側面を忠実に、また逆にどの側面を捨象して作られているのかを把握することを目的とします。
如何にしてBBPのモデルは作られたか
P14 Wistarラット(♂)のSaggital急性スライスのHind Limb S1から、Whole Cellパッチクランプ記録を行っています。その例数なんと14000例(形態の同定に用いることができるほど綺麗に再構築できたのはそのうち2052例で、発火特性の同定に用いたのは3900例。発火特性と形態の対応づけに用いられたのは511例)。このように、形態と電気生理学的な特徴を執拗に集めたのがポイントの一つです。
目的は、回路レベルで脳を再構成することです。そのためには、回路の中にどんな種類の回路素子=ニューロンが、それぞれどの場所に程度の割合で存在し、各種類同士でどのような結合を形成しているのか、という情報を知る必要があります(形態的な再構成)。そして、それぞれの細胞種・結合のダイナミックな挙動を数式によって記述し、シミュレーション可能なものとする必要があります(生理的な再構成)。
形態的な再構成
ニューロンは形態や発火特性、神経伝達物質や発現遺伝子などがそれぞれ異なり、多様な個性を持ちます。しかしながら、それらをどのように分けるのかというコンセンサスや、分けられたとして、それぞれのニューロンがどこにどれだけ存在するのかといった情報はありませんでした。今回Markramらはニューロンの種類を規定するために『ニューロンが位置する層』と『形態』、そして『発火特性』をパラメーターとして用いました。形態と位置する層で55種、発火特性で11種に分け、更に形態―発火特性の組み合わせで207種(42×10+13×1=453の可能な組み合わせの中から)に分けられるそうです(最後にまとめます)。そして大量記録と免疫染色による層の同定を行うことによって、それぞれのニューロンがどの層にどれだけの割合で存在するのかまで求めています。このようにして求めた各細胞種のニューロンを存在比ごとに配置することで、今回再構成する回路の下地を作っています。ここから更に回路を構成するには、それぞれの細胞がどのような結合を形成しているのかを知る必要があります。
結合性を評価するためには、普通の発想で行けば、大量に多重パッチクランプ記録をすれば良いとなるでしょう。しかし、この論文では多重パッチクランプ記録を用いていません207 × 207×分布を推定するのに必要な100~1000=42849000 結合分の記録が必要?)。その代わりに、これまで執拗に調べてきた細胞種と存在比、および他の文献から得た各細胞種のブートン数、そして既知の結合ルールのいくつかを仮定することによって、シナプスを推測するアルゴリズムを開発しています。この発想の転換が、今回のモデルの非凡な所だと思います。その結合ルールとは、以下の通り。
- A Tabula-Rasa Rule:軸索と樹状突起が近接した時はいつも"Potential Synapse" を形成する。興奮性シナプスについては< 2.5 μm、抑制性シナプスについては < 0.5 μm を基準とする。
- The Synapse Location Rule:興奮性細胞は興奮性細胞の細胞体にシナプスを作らない。また、シャンデリア細胞だけはAIS 上にもシナプスを作ることができる。
- The Fractional Conversion Rule: 1,2 に基づいてブートン密度を計算すると、既知のブートン密度の約18 倍にもなってしまう。そのため、Potential Synapse の一部しか実際のシナプスにならない。
- The Multi-Synapse Rule:シナプス数の調整には色々な方法が考えられるが、単純にランダムに間引くと、殆どの細胞間でのシナプス結合が一個だけになってしまう。しかし、細胞間のシナプスは通常複数あることが実験的に知られている。そのため、ある程度まではランダムに間引き(General Pruning)、その後複数シナプス結合を形成している細胞だけ残していくという方法を取る(Multi-Synapse Pruning)。
- The Plasticity Reserve Rule:全てのシナプスが機能的であったら、細胞間でrewiring が起こらなくなる。そのため、シナプスの約半分は機能的ではなく、過疎塑性が起こったときに動員されるサイレントなシナプスとして扱う(Plasticity Pruning)。
これらの結合ルールを用いることの妥当性の評価は、既にブートン間距離, シナプス結合, 結合確率が分布まで調べられているL5錐体細胞のデータにフィッティングしていくことで行っています。詳細はこの論文のコンパニオンペーパー(Reimann, Markram et al., Front. Comput. Neurosci., 2015) に載っています。
生理的な再構成
さて、形態的な再構成はこれでできたので、次に生理的な特徴を数式によって近似していく作業に移っています。
まず、各細胞種について、電流注入をした際の発火パターンを、Hodgkin-Huxley方程式の修正版によって近似しています*2。近似には多目的最適化法を用いており、その際に用いる5種類の誤差関数は発火トレースから取っています*3。
そして、各細胞種間で形成されるシナプスの種類(rise/decay の速度定数、増強/ 減弱/Pseudo-Linearのいずれか)ついても数式で近似しようとしています。とはいえ207×207種のシナプス結合の生理学データはほとんどなく、実際に形態まで含めた報告は9種にとどまるそうです。そこで既知のデータからシナプス結合については以下の仮定をおくことによって求めています。
- 興奮性ー興奮性細胞の結合は常に減弱シナプス
- 興奮性ー抑制性細胞の結合も主に減弱シナプス。ただし、興奮性ーMartinotti, Bitufted インターニューロンの結合は増強シナプス。
- 抑制性ニューロンによる増強は興奮性ニューロンによる増強の約2倍強い。
- あるme-type 同士のs-type は全て同じ。
- 速度定数未知のs-type については、プレ/ ポストが興奮性/ 抑制性のいずれかという区分に基づき、その中で最も標準的なs-typeに属する
また、各シナプスコンダクタンスについては、実際報告されているいくつかのデータを用いてシミュレーションしてみるとシナプス後電位が実際のものより低かったので、既知のデータの方が間違っているものとしています(えっ…)。そして、前述のアルゴリズムを用いることにって推測されたシナプス数から、シナプス後電位を再現するようにコンダクタンスを新たに算出しています。なお、シナプスの確率的な挙動は、量子仮説を前提とした古典的なモデルによって近似されています。ただしこのモデルでは、シナプス小胞の枯渇や、自発的なシナプス小胞放出も想定されています。
とまあ、こんな感じで出来上がった回路をスーパーコンピューター上で動かして、実際のスライスの活動やvivoでの活動と類似することで妥当性を主張しています*4。ここについての詳細は割愛します*5。
BBPが忠実に再現した脳の側面と捨象した脳の側面のまとめ
今回のモデルが忠実に再現している点(推測を含む):
- ニューロンの、層/ 形態/ 電気生理的性質に基づいた細胞種の分類
- 細胞種ごとの存在比
- 化学シナプスの結合(推測)
- 細胞種毎の膜の電気的性質
- シナプスの生理的性質の一部(化学シナプス強度と短期的なシナプス可塑性、確率的挙動)
今回のモデルが捨象している点:
- 長期可塑性
- 電気シナプスの存在
- 皮質間投射をはじめとした長距離の投射
- 神経調節物質
- 様々な物質への受容体の存在
- グリア、血管
- 遺伝子を巻き込んだ諸々
神経科学バブルの現代、様々なジャーナルで多様な統計学的有意差が報告されていますが、その中のどれが生物に取って本当に『有意』であるかを調べるためには、確率分布の他にも別の物差しが必要です。構成的アプローチは、脳の挙動を再現できる最低限のパラメーターが何であるのか、ということを基準に、この検討を行えるとしています。筆者らは今回再構成した回路が実際の脳回路の多様な側面を模倣したことから、今回集めたデータセットと仮定したルールこそが生物に取って有意なものであると主張してます。また、別々の標本から集められた大量のデータから、このような構成的アプローチを行うのが原理的に可能であることが示されたという主張もしています。ちなみに、今回用いられたデータやプログラムはweb サイト, The Neocortical Microcircuitry Collaboration Portalで入手可能であり、今後も様々なラボの貢献によって精緻化されていくことが期待されます。
しかし、このモデルはP14 のラット(♂)の一部の微小回路のいわばスナップショットにすぎず、発達的な観点、可塑性を度外視していることは注意しなければいけません。また、Up/Down State といった、脳の重要な挙動を模倣出来ていません。もちろん、筆者らはこのモデルで再現できていないことにも自覚的であり、これらの問題については、確かに今回の回路は完璧ではないが、少なくとも、今後このようなアプローチの研究が続いていった時の参照として有効であると述べています。
BBP は今後の神経科学史においてどのような意味をもつでしょうか。今回の研究は大量のデータを取るためにヨーロッパの様々なラボが協調する形で行われましたが、アメリカのBRAIN Initiative*6 でも、協調した研究への動き(Brain Observatories)は見られています。もし、データの共有方法が発達して、このようなビッグサイエンスが主流になっていく時代に突入していくのであれば、BBP はその最初の一歩として捉えられることになるのかもしれません。我々のように極東で研究をしていく零細企業は、鶏口となれども牛後になるべきでないと思います。ビッグサイエンスをやっている皆さんが何を前提としていて、何を見落としているのかを詳細に知り、どうすれば風穴を開けられるのか、しっかりと考えなければなぁと思います。
最後に、形態による55種類の分類と、電気生理学的特徴による11種類の分類について載っけておきます。なんかの参考になれば。
形態による55種類の分類
L1 の抑制性ニューロンのm-type
L1 のインターニューロンはL2-6 のものとは区別される。全6 種。
- Neurogliaform Cells with Dense Axonal Arbors(NGC-DA):普通のNGC とおなじ。
- Neurogliaform Cells with Sparse Axonal Arbors(NGC-SA):普通のNGC に比べると軸索がスパース。また、樹状突起は水平により広がる。
- Horizontal Axon Cells(HAC):水平に軸索を伸ばす。
- Descending Axon Cells(DAC):L4,5 ときに6 まで伸びる、下降する軸索を持つ。また長めの分岐を持つ。
- Large Axon Cells(LAC):HAC に似ているがよく見るとAIS は短くより垂直に出ている。長い軸索から多数の短い分岐を持つ。
- Small Axon Cells(SAC):軸索の分岐が少ない。
L2-6 の抑制性ニューロンのm-type
L2-6 に存在するインターニューロンの性質は殆ど同じ。以下の9 種×4層の36 種。
- Large Basket Cell(LBC):Multipolar, または二つのTuft を持ち、ブートン密度の低い長くて直線的なAIS と両方向に分かれる長い軸索を持つ。L2/3 のLBC は通常下に向かう軸索を持ち、L5 やL6 のLBC は上に向かう軸索を持つ。
- Nest Basket Cell(NBC):Multipolar, または二つのTuft を持ち、長い軸索を持たない
- Small Basket Cell(SBC):Multipolar, または二つのTuft を持つ。複数の短いAIS を持ち、軸索はブートン密度が高く、ポストの細胞体近くにクラスター化したブートンを形成する。
- Chandelier Cell(ChC):Multipolar, または二つのTuft を持つ。軸索終末の近傍で軸索を分岐させ、シャンデリア様にブートンを作る。ポストのAIS の近傍にシナプスを作るのでAxo-Axonic Cell とも。
- Martinotti Cells(MC):Multipolar, または二つのTuft を持つ。L2/3-L5 のMCは上昇する軸索を持ち、細胞体の近くとL1 で分岐する(L6 のMC は細胞体の近くとL2/3)。二つ目の分岐からできる軸索は密な分岐を形成する。なお、このインターニューロンはスパインを持つ。
- Double Bouquet Cell(DBC):Multipolar, または二つのTuft を持つ。馬の尾のようなAxonal Bundle を持つ。Axonal Bundle は小さい分岐をいくつも持って上昇しているものか、分岐せず下降しているもの。L2/3 は下降するBundle を持ちL5,6 は上昇するものを持つ。
- Bipolar Cell(BP):Bipolar の樹状突起を持つ。軸索は狭い範囲で垂直に並んでいる。
- Bitufted Cell(BTC): 二つのTuft を持つ。軸索は長く、Translaminar, またTranscolumner に渡ったクラスターを形成する。
L2-6 の興奮性ニューロンのm-type
層ごとに分類。全部で13 種。他領域への投射による区別は行っていない。
- L2/3:全てPyramidal Cell(L2PC)
- L4:3種類。
- tufted Pyramidal Cell(L4PC):L1 にはいかないまでも小さいTuft がApical Dendrite についている
- non-tufted Pyramidal Cell , or Star Pyramidal Cell(L4SP):Tuft のない小さいApical Dendrite を持っている
- Spiny Stellate Cell(L4SS):数個の分岐を持つApical Dendrite がBasalDendrite と同程度の長さで伸びている
- L5:4種類。
- Thick-Tufted Pyramidal Cell 1(L5TTPC1):遠位で分岐する巨大なTuftを持つ、太いApical Dendrite。
- Thick-Tufted Pyramidal Cell 2(L5TTPC2):近位で分岐する巨大なTuftを持つ、太いApical Dendrite。Tuft は更に分かれてL1 まで届く
- Small Tufted Pyramidal Cell(L5STPC):小さいTuft を持つ、細いApicalDendrite を持っている
- Untufted Pyramical Cell(L5UTPC):Tuft を持たない細いApical Dendriteを持っている。比較的細胞体が大きい
- L6:5種類。
- Tufted Pyramidal Cell for Layer 1(L6TPC_L1):L1 にTuft があるApical Dendrite を持つ
- Tufted Pyramidal Cell for Layer 4(L6TPC_L4):L4 にTuft があるApical Dendrite を持つ
- Untufted Pyramidal Cell(L6UTPC):Tuft を持たないApical Dendrite を持つ
- Inverted Pyramidal Cell(L6IPC):Basal Dendrite が大きく、分岐も多い
- Bipolar Pyramidal Cell(L6BPC):Tuft が無い/ あっても少ない、L1 まで伸びるApical Dendrite と大きなBasal Dendrite を持つ
電気生理による11種類の分類
各用語の意味は以下の通り。分類は二段階。まずcontinuous, burst, delay のいずれかに分け、Accomondating, Irregular, Stutter, Adapting に分ける。
- continuous:電流注入開始直後としばらく経った後で発火の様子に変化が無い性質
- burst:電流注入直後にバースト発火する性質
- delay:電流注入開始後しばらくしないと発火が見られない性質
- Accomondating:スパイクのAmplitude が徐々に落ちていく性質
- Irregular:Interspike Interval(ISI)の分布が著しく広い性質
- Stutter:発火する時期としない時期が交互に現れる性質
- Adapting:ISI が徐々に広がっていく性質
略語は以下の通り。1-10 はインターニューロン。11 は錐体細胞のみ。
- cAC(continuous Accomondating)
- bAC(bursting Accomondating)
- cIR(continuous Irregular)
- bIR(burst Irregular)
- cNAC(continuous Non-Accomondating)
- bNAC(burst Non-Accomondating)
- dNAC(delayed Non-Accomondating)
- cSTUT(continuous Stutter)
- bSTUT(busrting Stutter)
- dSTUT(delayed Stutter)
- cAD(continuous Adapting)
*1:最初の4名がCo-Firstで最後の4名がCo-Senior。コレスポはMarkram. 全部挙げると、、Henry Markram, Eilif Muller, Srikanth Ramaswamy, Michael W. Reimann, Marwan Abdellah, Carlos Aguado Sanchez, Anastasia Ailamaki, Lidia Alonso-Nanclares, Nicolas Antille, Selim Arsever, Guy Antoine Atenekeng Kahou, Thomas K. Berger, Ahmet Bilgili, Nenad Buncic, Athanassia Chalimourda, Giuseppe Chindemi, Jean-Denis Courcol, Fabien Delalondre, Vincent Delattre, Shaul Druckmann, Raphael Dumusc, James Dynes, Stefan Eilemann, Eyal Gal, Michael Emiel Gevaert, Jean-Pierre Ghobril, Albert Gidon, Joe W. Graham, Anirudh Gupta, Valentin Haenel, Etay Hay, Thomas Heinis, Juan B. Hernando, Michael Hines, Lida Kanari, Daniel Keller, John Kenyon, Georges Khazen, Yihwa Kim, James G. King, Zoltan Kisvarday, Pramod Kumbhar, Sébastien Lasserre, Jean-Vincent Le Bé, Bruno R.C. Magalhães, Angel Merchán-Pérez, Julie Meystre, Benjamin Roy Morrice, Jeffrey Muller, Alberto Muñoz-Céspedes, Shruti Muralidhar, Keerthan Muthurasa, Daniel Nachbaur, Taylor H. Newton, Max Nolte, Aleksandr Ovcharenko, Juan Palacios, Luis Pastor, Rodrigo Perin, Rajnish Ranjan, Imad Riachi, José-Rodrigo Rodríguez, Juan Luis Riquelme, Christian Rössert, Konstantinos Sfyrakis, Ying Shi, Julian C. Shillcock, Gilad Silberberg, Ricardo Silva, Farhan Tauheed, Martin Telefont, Maria Toledo-Rodriguez, Thomas Tränkler, Werner Van Geit, Jafet Villafranca Díaz, Richard Walker, Yun Wang, Stefano M. Zaninetta, Javier DeFelipe, Sean L. Hill, Idan Segev, Felix Schürmann
*2:3種でなく13種のチャネルをもち、カルシウム動態まで考慮。活性化/不活性化パラメーターとその次数、それぞれの速度定数は既知。変化しうるのは最大コンダクタンスだけ。
*3:多目的最適化法:Multi-objective optimization, MOO(Druckmann, Segev et al., Front. Neurosci., 2007)。簡単に言うと多数のパラメーターの誤差の総計が尤も少ないモデルを持ってくるための方法。ここで変化させているのは各HH方程式の各チャネルの最大コンダクタンス。
*4:この回路モデルは実際の回路の特徴を捨象しているとは言え、それでも活動を再現するには膨大な計算量が必要であり、そのためにはスパコンを必要とします。ヒトゲノム計画は誰もが簡単にアクセスできる、すぐ使えるツールを提供したが、現状ではこの回路モデルそのものは、wet の生物系のエンドユーザーが手を出すには敷居が高いのかもしれません
*5:もし詳細を知りたい方がいらっしゃいましたらコメントにて、またはtak_miyawaki@twitterまでご連絡をいただけましたらラボ内のジャーナルクラブ用に作った資料を共有いたします
*6:Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies Initiative. 略語なので大文字で書くのが正しい。山形さん、ご指摘いただきありがとうございます!
ScaleS|ソルビトール・尿素・低濃度界面活性剤による、組織と色素にやさしい透明化
ScaleS: an optical clearing palette for biological imaging
Hiroshi Hama, Hiroyuki Hioki, Kana Namiki, Tetsushi Hoshida, Hiroshi Kurokawa, Fumiyoshi Ishidate, Takeshi Kaneko, Takumi Akagi, Takashi Saito, Takaomi Saido & Atsushi Miyawaki
Nature Neuroscience (2015) AOP, doi:10.1038/nn.4107
水溶性試薬による脳透明化の火付け役、濱先生&宮脇先生 et al., からNature Neuroscience新作。ソルビトールと尿素によって脳が透け~る、その名もScaleS。論文内容の解説は理研のプレスリリースが相変わらずハイクオリティなので、そちらをご覧ください。本記事ではテクニカルな部分について書こうと思います。
ScaleSの説明に入る前に、各透明化手法がモノを透明にする原理についてと、現行の透明化手法が抱える問題点を整理しておきます。
■ 各透明化手法の原理と欠点
一般にモノが透明でないのは、その中で光が散乱してしまうためだそうです。ではなぜ散乱が起こるのかというと、モノの構成成分の屈折率が異なるから、というのが理由のようです。そのため、ものを透明にしたければ、その構成成分の屈折率を揃える必要があります。脳では特に水溶性の成分と脂質の成分の屈折率の違いが大きいため、水溶性成分の屈折率を脂質のそれにマッチしたり、脂質を組織から除去したりする方法が有効と考えられます。現在までに主に6つのアプローチが存在しています(独断による分け方)。
- 有機溶媒による屈折率調節+脱脂|2007年にDodt,Beckerらが開発したBABB法では、有機溶媒を用いることで屈折率の調節と脱脂を行いました。その後同じくDodtらによって2013年に3DISCOなどの方法が作られましたが、これらの手法は細胞内の蛍光タンパク質が有機溶媒に晒され失活するという致命的な欠点がありました(iDISCOでは抗体を使えば蛍光タンパク質そのものの蛍光は無くなっても抗体に結合させたの蛍光物質で見ることができると主張していますが、使える抗体の種類は限られているらしい)。
- 水溶性溶媒による屈折率調節|2013年に今井先生らが開発したSeeDBでは、有機溶媒ではなく水溶性溶液、即ち高濃度のフルクトース溶液を用いてこの問題を解決しています。しかしながら、SeeDBが透明にできるのは比較的小さい範囲のみという欠点がありました。
- 水溶性溶媒による屈折率調節+尿素による水和(?)+軽い脱脂|2011年に濱先生、宮脇先生が開発したScaleA2では、尿素と低濃度のマイルドな界面活性剤Trinton X-100を主な成分としてモノを透明にしています。尿素で透明になる原理はよくわからなっていないらしいのですが、屈折率を調節することや、水和によって水+水溶性物質を浸潤させやすくしていることなどが候補として考えられているようです。
- 水溶性溶媒による屈折率調節+尿素による水和(?)+中程度の脱脂+脱色|2014年に洲崎先生、上田先生が開発したCUBICは、基本的にはScaleにアミノアルコールを加え、かつTriton X-100の濃度を上げたものです。Triton X-100の濃度が0.1%(ScaleA2)から15%に上がったことにより、脱脂能が高まっていることが推察されます。またこの際、このマイルドな界面活性剤を浸透しやすくするために、尿素およびアミノアルコールを用いて組織の結合性を低下させているようです。また、アミノアルコールにはヘム色素を脱色するという特性もあり、これもまた組織の透明化に寄与しているとのこと。CUBICは血管系に灌流することによって全身を透明化するという応用法も5. 開発されています。
- 水溶性溶媒による屈折率調節+強い界面活性剤と電気泳動による強度の脱脂+ゲルによる固定|2013年にKwanghun ChungとDeisserothが開発したCLARITYは強烈でした。こちらはTriton X-100より強力な界面活性剤、SDSで脂質を除去します。加えて、電気泳動を行うことによって荷電している脂質を流してしまっています。しかし、強力な界面活性剤や電圧下では観察したいタンパク質や核酸も捉えて流されていってしまうため、これらの観察したい物質は界面活性剤に流されないようゲル担体で空間的に固定しています。ただ、電気泳動は熱が生じてタンパク質が変性したり、組織に一方向から同じ力がかかり続けるので妙な変形をしたりするという欠点があったようです。
- 水溶性溶媒による屈折率調節+強い界面活性剤による強度の脱脂|電気泳動では上述のような欠点があったので、2014年に出たDeisserothによるadvanced CLARITYやGradinaruによるPACTでは拡散によって界面活性剤を受動的に浸透させています。ただ、双方の論文ともぼちゃ漬けの拡散による浸透では全脳の透明化はできるとは明記されていません。Gradinaru がPACTと一緒に発表したPARSは同じく拡散での浸透なのですが、こちらはボチャ漬けではなくPACT溶液を灌流しています。これによって浸透効率が上がるのか、全脳を透明にすることが可能になっています。また、脳だけでなく全身の臓器を透明にできるようです。
これらの手法の欠点は、以下の通りです。
- 有機溶媒や高い濃度の界面活性剤は組織を変形させてしまうため、蛍光タンパク質の褪色が起こる。また、抗原性がおかしくなってしまうため、免疫染色を行っても染まらなかったり、何を染めているかわからない
- 屈折率をあわせるだけまたは低い濃度の界面活性剤よる透明化では、透明化具合がそれほど高くない
- 有機溶媒以外の手法は透明化にかかる時間が長い
- 尿素を用いた手法では組織が膨張してしまい、脆くなってしまう
- 抗体が奥まで浸透せず、染まりも不均一
■ ScaleSの強み
今回のScaleSの狙いは、界面活性剤の濃度は低いままで、組織の膨張を抑え、組織の透明度を上げるというものです。ScaleSで主に用いる溶液は、それぞれで構成物質はほぼ共通しているものの各物質の濃度が異なる5つの溶液(S0-S4)からなります。以下それらの物質の名前と考えられる役割をば。
このような組成のScaleSによってもたらされた結果は以下の通り。
- 脳が殆ど膨張しない(Fig. 1, S2)|前述の通り、尿素は水和によって脳を膨張させ、ソルビトールは脱水和によって脳を縮小させます(メカニズム不明)。んで、これらの濃度を調整してやることで脳のサイズを殆ど変化させないで透明化させることができるようです。実際にはソルビトールの多いScaleS0で約50%程度の大きさにしたあとS1-S3にかけて150%程度まで徐々に大きくなり、PBS washとS4で102%程度に落ち着かせるんだとか。しかもこうやって処理したサンプルはそんなに脆くはないとのこと。
- 結構透明になるが他の手法に比べ蛍光の褪色が少ない(Fig. 2)|組織を透明にする、というのと蛍光タンパク質/色素の褪色を抑える、というのはある程度トレードオフになるようで、例えばTriton X-100の濃度を上げると透明度は上がりますが褪色も強くなります。使用目的に合わせて透明化手法を選択することが大事になりますが、できれば透明でかつ褪色の少ない手法を選びたいわけです。そこで透明度と蛍光強度を、ScaleSとCUBIC, 3DISCO, SeeDB, PACTで比較したところ、ScaleSは透明化具合でCUBICに10-20%程度、3DISCOに30%程度劣るものの、蛍光強度でCUBICの約3-4倍、3DISCOの10倍以上という数値をたたき出しました。
- 膜が残っている(Fig. 3, Table S2)|透明化したサンプルは単一細胞レベルで広範囲に渡った撮影を行うのに向いていますが、できれば同じサンプルからよりミクロな構造まで取ることができれば応用範囲が広がります(serial LM/EMなんて名前がつけられています)。そこでScaleS処理サンプルが電顕を用いた解析に耐えるかを検討するため、ScaleS3まで処理してPBS washしたサンプルから凍結切片を作成し、TEMを用いて撮影を行ってます。他の手法(CUBIC, )と比べたところ、全ての手法でPSDを観察することはできましたが、そこから見えるポストシナプスの細胞膜・プレシナプスの細胞膜を通常のサンプルと遜色ないレベルで観察できたのはScaleSだけでした。
- 抗原性が保存されている(Fig. S5)|ScaleSまたはCUBIC処置したサンプルから切片を作成して抗体染色し、染色パターンを比較しています。すると細胞骨格関連のタンパク質はCUBICでもScaleSでも正しく保てて見える一方で、シナプス関連タンパク質はScaleSではそれっぽくそまっているのに対してCUBICでは蛍光強度の低下や特異性の低下が見られました。
以下コメントなど。
- あまり強調されていませんが全てのプロトコルが3-4日と高速で終わるのは実験者としてはかなりありがたいですね。また溶液については、いちいち用事調製をしていたら大変ですが、ストックが作れるのであればルーチンとしては溶液を交換するだけになるのでかなり楽でしょう。尿素とかデクストリンその他は結構分解してしまうかもしれませんが。どのくらいまで持つのでしょうか。
- 褪色が少ないのはマジで嬉しい。もっと強調されても良いように思う。
- Scaleがなんでサンプルを透明にできるのかは議論のわかれるところで、たとえばLichtmanのレビューなんかではScaleはCUBICと同じようにTriron X-100で脂質を除いているなんて解説されていましたが、今回実際に電顕の写真を取ってみてこのように膜の構造が保存されているというのが見えてきたのは驚きました。主役は尿素でTritonは脇役に過ぎないのですね。こういうvalidationの方法があったか…!
- ソルビトールを入れて組織の膨張がなくなったのは納得なのですが、なぜこれでScaleA2よりサンプルの透明度が上昇しているのでしょうか?ソルビトールやDMSOの屈折率がより適しているのか、コレステロールを抜くことやコラーゲンの結合を緩めることが重要なのでしょうか。
- 抗原性が崩れるのって勝手に尿素のせいだと思っていたのですけど、実際は界面活性剤の濃度やpHの方が効いてきているみたいですね。ただ全ての抗体が試されたわけではないので結果の解釈には慎重にならねばと思う次第です。
- 『水和によって組織が膨張する』と聞くとそれっぽいのですがよくよく考えてみると自分では説明ができないので、もしわかるヒトがいたら教えてください。。
- 本当に大きさが変わらないのであれば、例えば全脳イメージングをして領域の対応づけをする際にデータベース上で入手できるreference brainが補正なしでそのまま使えるかもしれないので、そういう意味でも極めて便利と感じました。
- Fig. 5以降のデータ、美しいのですが、二値化した画像しか出ていないので普通に撮影しただけでここまで綺麗に出るのかはわからないです。高い画像解析のスキルあってこそのデータなのかもしれません。どのようなソースコードなのか知りたいところ。問い合わせればもらえるらしいです(バイナリかソースかは不明)。
■ AbScaleとChemScale, ScaleSQについて
ScaleSは脳を透明にするだけなので、蛍光タンパク質を持ったトランスジェニックマウスを撮影するのには向いていますが、そうではないものを標識したりするときは抗体染色や小分子での染色が必要になってきます。そこでAbScale, ChemScaleという、ScaleSの改変法も開発されています。
ScaleS0を最初に使ってScaleS4を最後に持ってくる点はScaleSと共通していますが、途中でScaleA2やB4を使っていますね。。なんでなんだろう。PBSでなくAbScale solutionやScaleA2存在下で抗体や色素を適用するのは組織への浸透性を上げるために必要なのでしょうか。
さて気になる抗体の到達深度ですが、Fig. 4を見るとL6くらいまでシグナルが存在するように見えます。1 mmくらいは行くということでしょうか。深部においても細胞が綺麗に染まっているかはこの写真からだけでは判断がつきませんが、他の透明化手法と比べるとかなり深いところまで行っているように思われます。ただ、抗体によって貫通する深さは変わる可能性もありますので、自分が用いる抗体は自分で確かめないといけないなと思う次第です。また、S/Nが深さによってどのくらい変わるのかも気になります。
またChemScaleでは脂溶性の色素であるDiIとコンパチであることが示されています(Fig. S9)。そういうのも脱脂をしない利点なのですね。なお脱脂を含む他の透明化手法ではDiIの蛍光はほとんどなくなっているので、これらの透明化手法を用いる際は注意が必要そうです。
最後にScaleSQ。 1-2mm厚程度のスライスのための透明化の高速プロトコル。1-2時間で結構透明になる。尿素の濃度がめちゃくちゃ高い(37℃未満にした時に析出しないか心配ではある)。
■ 今後の展望とか
透明化でもう少し進化があるとすれば抗体染色でしょうか。その辺はDeisserothラボから独立したCLARITYの開発者、Kwanghun ChungがeTangoという新規透明化・抗体活性のコントロール手法によって解決しにいっているようです。なんでも電場を様々な方向からランダムに当てることによって変形を抑え、また抗体の活性のon/offを自在にコントロールするバッファーを開発することで3Dでも組織の深部まで均一な染色ができるんだとか?詳しいことはわかりませんが続報を待ちましょう。
さて、組織の透明化は、ソレ単体ではただの綺麗なオブジェに過ぎません。透明な組織は、LSFMなどの優れた光学系と合わさって初めてその本当の威力を発揮します。また、そのようにして得た綺麗な画像も、C++でOpenCVを使いこなしたりGPUで並列処理をサクッと行えるような、大規模データの扱いや画像処理に強いプログラマがいて初めて定量的な解析が可能になる、ということは忘れてはいけません(そんなに大きくないデータで、そんなに複雑でない解析ならImaris, Volocity, Vaa3Dとかで十分ですが)。そういう意味では、まだまだ誰もが研究に使える、という手法にはなってはいないのかなぁと思います。LSFM・二光子の値下げ、素人でも使える画像処理ソフトの登場が待たれるところですね。笑
追記:
洲崎先生、上田先生のCUBICも2014年の論文以降更に進化が進んでいるようで、蛍光クエンチを従来より格段に抑えた改良プロトコルがつい最近できたようです。ご興味がある方は洲崎先生まで連絡をしていただければ論文に先駆けてシェアしていただけるとのこと。
アスパラ|増強されたスパインを特異的に退縮させる
Labelling and optical erasure of synaptic memory traces in the motor cortex
Akiko Hayashi-Takagi, Sho Yagishita, Mayumi Nakamura, Fukutoshi Shirai, Yi I. Wu, Amanda L. Loshbaugh, Brian Kuhlman, Klaus M. Hahn, Haruo Kasai
Nature (2015), AOP. doi:10.1038/nature15257
河西研からNature。増強されたスパインを特異的に標識し、低頻度の持続的な光刺激によって退縮させることが可能な融合タンパク質, As-PaRac1(Activated synapse targeting Photoactivatable Rac1, 以降この記事ではアスパラと呼びます)を新たに作成しています。そして、これを発現するマウスに二つの異なる行動試験を行わせ、マウスのM1, L2/3において ”synaptic memory trace” があることを主張しています。概要は医学部のプレスリリースに載っていますので、本記事ではもう少し突っ込んでみます。具体的にはアスパラの作動原理を紹介し、そして実験プロトコルを詳細に見ながら、この論文で本当に synaptic memory traceの存在が示せているのか議論してみたいと思います。
■ アスパラの作動原理
ご存知の通りオプトジェネティクスはin vivoで神経細胞の活動を操作することによって、細胞の活動と行動の因果関係に迫ることを可能にしてきました。*1しかしながら、光学的な限界からそれらの操作の空間的な解像度は細胞レベルに留まっており、個々のスパインを操作することは不可能でした。スパインの操作はuncagingによって為されたりはしていますが、これは操作できる範囲が極めて狭い範囲に限られていました。よって、スパインと記憶の相関関係は積み上げられてきましたが、操作を行うことによって因果関係に迫るような知見は存在しませんでした。
そこで筆者らは光学的に特定のスパインを叩くのではなく、タンパク質やmRNAの特性をうまく利用して特定のスパインをラベルすることが可能な新規タンパク質を作り、そこだけ叩けるようにするという戦略をとりました。それがアスパラです。アスパラの構成モジュールは以下の4つ。
- Photo-activatable Rac1 - コレ自体融合タンパク質なのですが。初出は2009年。青色光によって乖離するLOV2とJ-alphaを利用します(BLINK1でも使われていたモジュールですね)。これらが会合している時はRac1の活性部位に覆いかぶさっているようにうまく構造を調節し、光を当てた時のみRac1の活性を上げています。ただし、オリジナルのものはbaselineの活性が高く、ニューロンに導入すると異常な形態を形成するため、今回新たに変異を導入することでbaselineの活性を下げています(Ex Data 1)。
- DTE - arc mRNAの3’末端非翻訳領域にあり、Arcがスパインへ移行するのに必須な配列。
- PSDd1.2 - ポストシナプスに局在しやすくなるが、PDZ結合タンパク質とは相互作用しないタンパク質。
- Venus - おなじみ強化型YFP。
Fig. 1-3はこのアスパラの機能確認です。主な結果は以下の通り。
- アスパラはin vitro海馬で増強されたスパインに集積する(Fig. 1)|DIV11の海馬培養スライスにジーンガンでCAGプロモータ制御下のアスパラとCAGプロモータ制御下のmRFPをトランスフェクション。2-4日後に撮影。タンパク質合成依存的なスパインの増大を単一スパインによって引き起こした(forskolin灌流+glutamate uncaging)。結果、uncagingを受けたスパインでアスパラの集積が確認された。一方で、タンパク質合成非依存的なスパインの増大ではアスパラの集積は確認されなかった(glutamate uncagingだけ。こんな違いあったんですね)。なお、増大したスパインの近傍スパインではアスパラの集積は見られなかった。
- アスパラはin vivo M1でも新生+増強されたスパインに集積する(Fig. 2a-h)|SARE(Arcのエンハンサー配列のうち必要なものだけ取り出し短くしたもの。これのおかげでウイルスに載せられる長さになる)+ArcMin(Arcのプロモータのうち必要なものだけ取り出し短くしたもの)の制御下でアスパラをE14.5にてin utero electropolation(スパースな細胞集団に発現させるため)。一緒にCAGプロモータ制御下のDsRedも入れる。P60以降にロータロッド試験。学習後のスパイン増大とアスパラの蛍光強度増大に正の相関が見られた(ダブルポジのニューロンでは、新生スパインの94%、増大スパインの95%をラベル。その他のスパインは12.9%をラベル)。なおアスパラは細胞体にも発現している(これ後の実験結果の解釈に効いてきます)。
- アスパラがスパインに残る期間はまちまちだが、学習によって増大したスパインほど残りやすい(Fig. 2i-k)|アスパラがスパインに残る期間にはスパインによってバラつきがあった(0-1,2日)。学習によって新生・増大したスパインほど長い期間残る傾向があった(学習後24h以上アスパラが残ったスパインは48h以上構造的な増大が見られていた。大体のアスパラは48hで消失)。このような集積期間の違いは学習に関わった細胞集団の再活性化によるものではないかと考察されている。
- アスパラはin vitro海馬培養スライスでスパインを退縮させることが可能である(Ex Data 6)|持続的なRac1の活性化がスパインの退縮を引き起こすことが知られている。そこで、in vitroでアスパラに持続的な青色光照射(5秒に一回、200 usの青色光照射を10回。Interval 4minで2セット)を行ったところ、スパインの退縮が観察された。なおCAGプロモータの制御下でもshrinkageは起こるものの、SARE+ArcMinプロモータ下の方がスパインの退縮の度合いが大きかった。
- アスパラはin vivo M1 L2/3でスパインを退縮させることが可能である(Fig. 3 a-d)|観察窓の上から光ファイバーで持続的な青色光照射(1秒に一回、150msの青色光照射を3600回=1時間。Vitroでの活性化条件とかなり異なる。後で重要になってくる)。少なくとも脳表から100 umまでの深さでアスパラ発現スパインの退縮が観察された。
- アスパラはin vitro海馬培養スライスでスパインを機能的にも弱め、隣接するスパインや細胞体には影響しない(Fig. 3e-f)|構造だけでなく機能も弱めているかを確かめるため、海馬スライスにGCaMP6とmRFPとアスパラ(ただしVenusをシアン蛍光を持つmTurquoiseに置換)をトランスフェクション。樹状突起を持続的に光照射。アスパラを持つスパインではカルシウムトランジエントの強度・頻度の減弱が見られたが、隣接するスパインや細胞体では見られなかった。
コメント
- Vitroでは樹状突起しか刺激していませんが、組織透過性の低い青色光を脳表から当ててるだけとは言え、Vivoでは細胞体も刺激する可能性は否定できません。そしてアスパラは細胞体にも発現しています。Vivoの刺激条件ではアスパラ発現スパインが非発現スパインよりも退縮が大きいことは確認されていますが、細胞体でRac-1シグナルが走っている影響はどのように現れてくるのでしょうか。
- vivoでの刺激プロトコルがvitroでのそれとかなり異なっています。なぜこのような違いが生まれたのでしょうか。
- 個人的には、Arcと言えば奥野先生と尾藤先生の Inverse tagging の印象が強かったので、今回のように増強されたシナプスに限局するような形で使われているのは意外でした。実際増強されたシナプスに行くという知見も2000年前後で出ているのですね。arc mRNAの転写後修飾や翻訳が、どんな条件のときに、どのようにして為されているのか気になるところ。
- CAGではなくSAREを使っているのがポイントのようです。曰くArc発現ニューロンは良く再活性化するからendogeneousなRac1の活性が高く、それに上乗せする形で効果を表すことができているんじゃないか、とのこと。
- LOV2とJalphaの構造が良くわからないので、アスパラが二光子励起でRac-1活性を出さないのか自分には不明でした。誰かわかったら教えてください。
■ synaptic memory traceは本当に存在するのか?
Engramといえば細胞レベルで示されてきましたが、ここではシナプスレベルでのEngramというべき、Synaptic memory traceの存在を主張しています。主な根拠は以下の通り。
- アスパラの光照射によって学習が阻害される(Fig. 4a-h)|AAV5のSARE-ArcMin-AS-PaRac1とCAG-mRNAを両側のM1にCo-infection. ローターロッドトレーニングの後、持続的な光照射、再びロータロッド試験。トレーニング直後、および一日後の光照射でロータロッド試験の成績が低下した。一方で、アスパラが学習によって増大したスパインに殆ど残らなくなる二日後の光照射では、成績の低下は見られなかった。スパインの増強は自発的にもランダムで起こっていることを踏まえると、二日後の光照射時もいくつかのスパインはアスパラを持っているはずである。このことから筆者らは、記憶に関わったスパインのみを選択的に抑制することが、記憶を阻害することにつながったと主張している。
- 異なるタスクにおいては異なるスパインがリクルートされる。行動の場合(Fig. 4i-k)|異なるタスクにおいて異なるスパインがリクルートされているのか、行動レベルで因果関係に迫るため、ロータロッド試験の二日後にビーム試験(綱渡り)を行わせ、光照射を行ったところ、その後のローターロッド試験の成績には影響が出なかったが、ビーム試験の成績は低下した。
- 異なるタスクにおいては異なるスパインがリクルートされる。イメージングの場合(Fig. 5a-e)異なるタスクにおいて異なるスパインがリクルートされているのか、相関関係をみるため、IUEによってスパースにCAG::mRNAとArc::アスパラを発現させて先ほどと同様のタイムコースで二つの行動試験を行った。結果、異なるタスクにおいては異なるスパインが増強を受けることがわかった(全体の約4%が最初のタスクに、3%が二回目のタスクにリクルートされ、二つのタスクにリクルートされていたのは>1%程度)。
- 同じタスクにおいては同じスパインがリクルートされる。(Fig. 5 f-n)|同じタスクにおいて同じスパインがリクルートされてくるのか、相関関係を見るために、ローターロッドタスクを終わらせた後にスパインを退縮させ、またトレーニングを行った。すると、トレーニングを行った後光照射を行い、再トレーニングは行わずホームページで飼育した群に比べ、有意に同じスパインにアスパラが集積しやすいことがわかった。
コメント
- 非常に面白いのですが、Fig. 4の結果の解釈には慎重にならざるを得ないと思います。アスパラのプロモーターとして、CAGではなくSARE-ArcMinを使っている。Fig. 3まではこのプロモータを利用する目的として、学習に関わった神経細胞を見やすくするためとか、ソッチの方がよりアスパラの影響がでやすいからという大義名分がありました。しかし、今回のように学習に関わったスパインの行動に対する影響だけを見たいのならば、アスパラ発現細胞集団そのものの変化というクロスファクターが入りうるSARE-ArcMinを用いるのは不適切ではないか?と思います。まぁ、タンパク質のターンオーバーがどれくらいなのかにもよりますけど。CAGをプロモーターとして全ての細胞についてアスパラを発現させるのがより正しいアプローチかな?と思います。
- 加えて、先ほども指摘しましたが、in vivoでの光照射プロトコルが長いです。またvivoでは樹状突起特異的ではなく細胞体にも光が届いている可能性は否定できず、アスパラは細胞体にも発現していることが報告されています。このプロトコルで細胞体の発火自体に何らかの影響が出ている可能性は否定できないのではないかと思います。
最近のオプト界の流行りとしては、光学的な手法, SLMを用いて空間的に限局した細胞を叩くといったことが挙げられますが(TankとかHausserとかDeisserothとかYusteとか)、その制御範囲の限界から行動までコントロールすることは難しいかもしれないという懸念がありました。今回のアスパラは空間分解能を高めながら広範囲を叩くという、光学的アプローチでは満たすことが不可能だった二つの要件を、遺伝学を用いて一気に解決してしまったという爽快感!があります。コンセプト的な新しさ、個々の実験のレベルの高さ、データの多さにも圧倒されましたが、随所に条件検討の痕跡が見られ、頭が下がります。ただ完璧なせいで逆に気になってしまうところもあるわけで、ちょっとした批判の余地を残しています。自分がもしレビュワーならば、以下の3つの実験を要求するだろうなと思いました。
ChloC
Conversion of Channelrhodopsin into a Light-Gated Chloride Channel
Jonas Wietek, J. Simon Wiegert, Nona Adeishvili, Franziska Schneider, Hiroshi Watanabe, Satoshi P. Tsunoda, Arend Vogt,Marcus Elstner, Thomas G. Oertner, Peter Hegemann
Science, online 27 March 2014
slowChloCはArchと何が違ってどう良いのか?
Cl-を通す改変ChR, slowChloCが出ていました。即ち抑制用のChRです。「え、Archがあるから別にいらなくね?」と思うところですが、
- Archはポンプ
- slowChloCはチャネル
と いう違いがあります。そして、ポンプは一回の照射でひとつの電荷しか通さないので、過分極による十分な抑制をもたらすには強力な照射を必要 とします。また、チャネルはポンプと異なり、特定の変異を入れれば開きっぱなしにすることができます。つまり具体的にはどうなるかというと、
- 活性化に必要な照射強度が少なくて済むので、広範囲を制御可能
- 一回の照射で開きっぱなしにすれば、更に弱い照射でも活性化できるだけでなく、行動試験への利用にも向いている
- 過分極による抑制でなくシャンティングによる抑制を行う、ので、GABA受容体の反転電位にほとんど影響しない(たぶん)
という大きな利点が、光遺伝学による神経活動の抑制操作にもたらされることとなりました。
どう作ったのか?
これが面白いのですが、なんと単一の点変異(E90KまたはR)をChRに入れるだけでCl-を選択的に通すようになるとのことです。どうやって目星をつけ たのか。ChRのE90は、光を感知するレチナールが持つシッフ塩基(超リアクティブな官能基)によって、光が当たるとプロトン化されることで、他の残基 と相互作用することでイオン選択性や通過にクリティカルな役割を果たしていることがわかっていました(詳細は省略)。そこで、これを常にプロトン化されて いるであろうリシンと置換、HEKに導入して、イオンの選択性がどのように変わるのか見ています。で、以下のようなことがわかりました。
- 光照射時の電流を計測すると、細胞外液のpHが高いときより低いときの方が電流変化が大きい。しかし、反転電位は殆ど変化しない=プロトンを通しているわけではない(Fig. 2D)。
- 細胞外液からCl-のほとんどをAsp-に置換すると、反転電位が大きく変化する=Cl-を通している(Fig. 2D)。
※ 具体的なフィルター構造がどうなってて、どう変化したのかというのもMDシミュレーションによって示されていて、面白いのですが、詳細は省きます。
K をRにかえるともっと細胞膜に局在するようになって効率的らしく、これとT159C(細胞膜への局在とレチナールの導入効率が上がる)とのダブルミュータ ントをChloCと名づけています。それにとどまらず、D156をNに置換することででSFOも作っており、これをslowChloCと名づけています。 これによってめちゃめちゃ低い照射強度で広範囲・長時間の調節が可能になったようです。
最後に培養スライスCA1にこいつらを導 入してきちんと働くことを確認しています(Fig. 4E, F)。さらに、slowChloCはArchより圧倒的に低い照射強度で神経活動の抑制を行えることが示されています(Fig. 4H)。ただ、静止膜電位が少し上がっていっているのが気になるところです(Fig. 4G)。結局発火はしないから別に問題ないのかもしれませんが。
と、いうことで、これから光で神経活動の抑制を行う実験でできることの幅が広がるんじゃないかと感じさせる研究でした。個人的には、既に解かれ た構造とシミュレーションを組み合わせることで、(網羅的な変異導入ではなく)たった一つの変異をいれるだけで、このように強力なツールが作られるとい う、ある種のスナイパー感に非常に感動しました。
CRISPR/Cas9
Multiplex Genome Engineering Using CRISPR/Cas Systems
Le Cong, F. Ann Ran, David Cox, Shuailiang Lin, Robert Barretto, Naomi Habib, Patrick D. Hsu, Xuebing Wu, Wenyan Jiang, Luciano A. Marraffini, Feng Zhang
Science 339, 819-823 (2013)
少し古いですが、またFeng Zhangラボから。さて、Scienceのブレイクスルー・オブ・ザ・イヤー2013では『CRISPR/Casを利用した哺乳類におけるゲノム編集』 がいの一番に取り上げられていました。我々の研究室ではマス作成や遺伝子をイジるような研究はあまり行われていませんが、CRISPR/Casはその簡 便さ・応用可能性の広さから今後様々な研究で用いられることが予想されます。というか、もう既にそのような研究はかなり行われています。その証拠に、この 論文は去年の2月15日に出たばかりなのにもう293回も引用されています(1月20日現在)。
そこでこの記事では、CRISPR/Casがどういうものか、また、何が凄いのかを解説したいと思います。
■ CRISPR/Casは何が凄いのか
- ヌクレアーゼ単体では、特異的に結合するDNA領域が短いせいで、(プラスミドならまだしもサイズの大きい)ゲノムに適用すると多数の場所を切ってしまい、ゲノム編集に利用するのは困難だった。
- そこで、ヌクレアーゼに特定のDNA配列を認識するタンパク質(ZfやTALEなど)を融合させることにより、特異的に結合するDNA領域を延長し、ゲノム編集を技術的に可能にした。
- しかし、ゲノムDNAを認識する領域は構造を制御するのが難しいタンパク質でできているため、任意の配列に結合するものを作成するのに年月を要した。
- 一方で、CRISPR/Casシステムでは、ゲノムDNAを認識する領域がRNAでできており、任意の配列に結合するものを作成するのに時間を要さない。
- そのため、CRISPR/Casシステムはゲノム編集を爆発的に加速させる。
つまり、ゲノムDNAを認識する領域を設計するのが難しいタンパク質から、設計するのが簡単なRNAにシフトした、ことが一番のキモのようです。
■ CRISPR/Cas9が働くしくみ
用語
- CRISPR - Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats。バクテリアに見られるDNAの配列です。クリスパーと読みます。24-48塩基の回文構造を持った配列(direct repeats, DR)が幾つも並んでいて、その間に30bp程度の異なる配列(スペーサー)がいくつも並んでいます。
- Cas - CRISPR associated ヌクレアーゼ。
- CRISPR/Cas system - 上記二つが関わって働く原核生物・真核生物の持つ免疫機構。関連タンパク質の働き方、関連RNA、ターゲットとするDNAが一本鎖か二本鎖かの種類によって3タイプに分けられます。
- Cas9 - type2 CRISPR/Casシステムにおいて働くCRISPR associated ヌクレアーゼ。
- Protospacer - 本来は、外来DNAの配列のうち、スペーサーとしてCRISPRに取りこまれたもの。ここでは、ゲノム上の任意の狙いたい領域という意味で用いられる。
- PAM - protospacer adjacent motif。プロトスペーサーから3’側に隣接する3塩基ほどの領域で、Casごとに認識できる配列が決まっている。つまり、Casの特異性はプロトス ペーサーだけでなくこのPAMにも依存する。PAMとDRが異っているおかげで、Casは外来DNAを除去してもCRISPRを除去することはない。
- crRNA - プロトスペーサー相補的な配列を持つ認識領域として機能。
- tracrRNA - Cas9が働くためにもうひとつ必要な配列。crRNAと一部相補的な配列を持つ。
もともとはCRISPRはバクテリアや古細菌の免疫機構として発見されたものです。type1,2,3によって微妙に異なるのですが、ここではCRISPR/Cas9の所属するtype2について解説を行います。
バクテリアや古細菌のゲノムの一部では24-48塩基のある回文構造を持った配列が幾つも並んでいて、その間に同じ長さ程度の異なる配列がいくつも並んでいます(図、CRISPR arrayと書いてある部分)。
もし外来DNAが来るとCas1,2がそれを切断して30塩基ほどにし、DRの中に組み込みます(protospacer)(図、Cleavageからinsertionの部分)。
CRISPRはバックグラウンドで常にmRNAとして転写されており、RNaseが回文構造の部分でそれらを切り取ります(crRNA)(図、transcriptionおよびprocessingの部分)。
も しプロトスペーサーとPAMを持った外来DNAが来ると、Cas9は対応するcrRNAとtracrRNAを用いてプロトスペーサー・PAMを認識し、二 重DNAを二本とも切断します(Double Strand Break, DSB) このようにして短くなった外来DNAは速やかに分解されます(図、targetingからinactivationの部分)。
※ type1-3の違いが気になる方はこちらをご参照ください。
この仕組みをゲノム編集に応用したのが今回の論文です。Cas9がcrRNAと相補的な配列を持つ部分を特異的に認識・切断する部分を応用しています。Pre-crRNAは転写産物でなく人工的に設計したRNAをそのまま用いる点に注意。
■ 筆者たちの示したこと
1. CRISPR/Cas9はヒトおよびマウスのゲノムに対しても機能し、数塩基の欠損・挿入が可能
- これまで大腸菌のプラスミドに対しては働くことが示されてきたCRISPR/Cas9だったが、哺乳類のゲノムなどに用いることが可能かどうかは定かではなかった。
- そこで、ヒト293FT細胞にCas9, tracrRNA, pre-crRNA, RNaseをコトランスフェクションした。
- 結 果、きちんと狙った箇所にDSBが入っており、それを生物がerror-prone な修復方法(non-homologous end joining, NHEJ)で直そうとした結果インデル(挿入insertと欠失delete略してindel)が入っていることが確認された(gPCRフラグメントを SURVEYOR assay(インデルの検出が可能)、その後シーケンスを読むことによって確認)。結果として、フレームシフトが起こってタンパク質が機能を欠損すること が想定される。
- また、上述の実験以外の遺伝子、またマウスの細胞でもCRISPR/Cas9は機能した。
- 効率はTALENと同程度で、特異性もPAMの下流11塩基対めまでは、1塩基の変異が入るだけで機能しなくなるほど高かった。
2. 欠損、挿入だけでなく、置換も可能
- DSBを入れると主にerror-proneなNHEJで修復が起こることが知られている。しかし、ニックを入れるだけならフィデリティの高いhomology-directed repairだけが用いられる。
- Cas9が本来DSBを作るところをニックを入れるだけに抑えた(活性残基のうちのひとつを不活性化)。結果、インデルを起こさないCas9を作成することができた。
- さらに、テンプレートとなり得るDNA断片を入れると、その断片を用いた相同組み換えを起こすことが可能であった(DNA断片に制限酵素サイトを入れて引き続き制限酵素処理を行い、その後シーケンスを読むことによって確認)。
3. CRISPR/Cas9は複数の編集を一度に行うことが可能
- これまで複数の遺伝子のKOマウスを作成するには複数回KOマウスを作成する必要があった。
- しかし、CRISPR/cas9では、crRNAにDRで挟んだターゲット領域を追加するだけで、複数のゲノム編集を一度で行えた。
- 離れた二つの箇所に欠損・挿入を含めるだけでなく(Fig. 4F)、比較的近い二箇所(119bp)を切断することによって単一の箇所にDSBを入れることで可能になるものより広範囲の欠失を行うことを可能とした(Fig. 4G)。
簡単に任意のゲノム編集ができるだけでなく、一回で複数個の変異を入れてしまうところも画期的です。
■ 主な応用例
本論文以降、以下のような応用がされています。
- 1ステップで多重KOマウス作成
- Cas9のヌクレアーゼ活性をなくしてゲノム特異的な場所に結合するだけにし、EGFPとの融合タンパクにすることで可視化(いわばin vivoでのin situ hybridization)
- ヒト細胞ゲノムスケールのRNAライブラリ(GeCKOライブラリ)の作成とディープシーケンスを利用した遺伝子スクリーニング系の確立
などなど。どれも凄まじいですね。
さて、こんなに凄いCRISPR/Cas9ですが、もちろん注意もあります。
- PAM配列が無い場所は狙えないので真の意味で任意の配列を狙えるわけではない。
- この論文中では本当にゲノムの他の部分を切っていないのか、ということは確認されていない。
- 相同組み換えのテンプレートとしてどれくらい大きい断片を挿入できるのかは定かでは無い。
ざっと気づいたところではこのくらいですが、他にも色々あると思います。もしご存知の方がいらしたらコメントください。
上記の通りノックインがどの程度可能なのか不明ですが、僕も使ってみたいものですね…。なお、アメリカでは外注会社を立ち上げる動きもあるようです。早い。
LITE
【出典】
Optical control of mammalian endogenous transcription and epigenetic states
Silvana Konermann, Mark D. Brigham, Alexandro Trevino, Patrick D. Hsu, Matthias Heidenreich, Le Cong, Randall J. Platt, David A. Scott, George M. Church & Feng Zhang
Nature 500 (7463), 472-6 (2013)
Feng Zhangラボより。オプトジェネティクスと言えばChR2やArchを利用した神経活 動のコントロールが思い浮かびます。コントロールの時空間・細胞種特異性が、神経の活動と行動の因果関係に迫ることを可能としています。この光によるコントロールの利点をゲノム内の遺伝子発現に応用したメソッドが開発されました。それが今回紹介するLITE(Light-Inducible Transcriptional Effectors)です。
結論から言えば、2つのAAVウイルスを打つだけで、任意のゲノム遺伝子発現を光でコントロールできるようになります。
その原理は非常に簡単です。シロイヌナズナからとれるCRY2とCIB1はブルーライト下で結合、なければ解離するタンパク質です。それを利用して、AAV その1にTALEs(任意の配列に結合可能)とCRY2を結合させたもの、AAVその2にCIB1とVP64(発現調節因子)を結合させたものを乗せてい ます。これによって、光があるときだけVP64がゲノム上の狙った位置にリクルートされるようになり、遺伝子発現量が上昇します。
発現量の上昇ですが、neuros2では30min後には既に上昇(約5倍)が確認できており、12h後にピーク(約20倍)に達しています。
な お、VP64は発現を促進しますが、これをSID4Xにすればヒストンのアセチル化を介したエピジェネティックな変化によって発現量を抑制することができ るようです(epiLITE)。つまり、このシステムを用いれば、遺伝子発現の促進と抑制、両方向のコントロールが可能になります。
なお、CIB1は植物では転写因子として働くのですが、哺乳類でもその効果が少し出てしまうようです。そのためバックの発現賞が上がってしまいます。この影響を減らすため、
・CIB1に変異を入れておく
・TALE-CIB1が光の非存在下でDNAに結合することがないよう、核内移行シグナルを排除しておき、二量体になって初めて核内に移行するようにする
などという工夫をしています。
(い つの間にかfig 1.で用いられていたTALE-CRY2PHR/CIB1-VP64がfig 3.ではTALE-CIB1/CRY2PHR-VP64と組み合わせが変わっているのですが、この理由は明記されていませんでした。この辺の工夫に関連し ているのでしょうか。)
特に記載はありませんが以下のことはまだまだ解決すべき問題かと思います。
・Grm2以外の遺伝子のTALEの有効性はハイブリッドのシステムで確認されておらず(VP64を直接結合したもので発現量の上昇を見ている)、『有効でありうる』程度の確認しかされていない
・ある遺伝子が何倍発現するかは、遺伝子によってかなり異なる(1.5から30倍まで)
・in vivoでの発現量の上昇はプライマリーカルチャーで見た発現量の上昇より幅が低い
・エピジェネティックな変化は可逆的ではない
ツール系の論文でbiologicalな新発見が無かったのにnatureに通っているということが意外でした。TALEの代わりにCas9を用いてもシステ ムは回ること、SIDX以外のヒストンへのエフェクターの検討も進んでいることから、LITEはこれからどんどんリファインされていくと思います。in vivoでの応用からどのような新発見があるのか楽しみです。
GCaMP6
【出典】
Ultrasensitive fluorescent proteins for imaging neuronal activity
Tsai-Wen Chen, Trevor J.Wardill, Yi Sun, Stefan R. Pulver, Sabine L. Renninger, Amy Baohan, Eric R. Schreiter, Rex A. Kerr, Michael B. Orger, Vivek Jayaraman, Loren L. Looger, Karel Svoboda & Douglas S. Kim
Nature, 499, 295-302
【原理】
- circular permutationはタンパク質の末端同士を結合し、タンパク質の中間に新しい"末端"を作っても、構造はそんなに変わらない、という変異
- EGFPなどの蛍光蛋白をこれを導入すると、蛍光は落ちるが、少し構造が変われば蛍光は元に戻る
- GCaMPはカルモジュリンとミオシンのカルモジュリン結合部位M13がcpEGFPに結合したタンパク質
- カルシウム存在下でCaMはM13と結合、cpEGFPに構造変化をもたらし蛍光が現れる
【Pros and Cons】
P 細胞種特異的なラベリング
P 長期間の観察
C 毒性
【背景の説明】
細胞内で発現するGCaMPやYCnano等のCa2+指示タンパク質= GECI (Genetically Encoded Calcium Indicator) は、Ca2+指示薬に比べ、
- 細胞種特異的な発現・観察が可能
- 非侵襲的であるため長期間に渡る観察が可能
という2つの大きな利点があります。しかしながら、これらは感度・キネティクスにおいてCa2+指示薬に劣るため、その実用性は限られてきました。この問題 を、大規模かつ網羅的なタンパク質改変&スクリーニングによりタンパク質そのものの性能を向上させるというアプローチで解決したのがこの論文です。
【PJの流れ】
大きく分けて二種類です。
STEP1: vitroにおける大規模スクリーニング
STEP2: vivoにおける詳細な機能解析とGECIである強みの証明
・STEP1: vitroにおける大規模スクリーニング
まず、既存のGCaMP3にどんどん変異を入れてin vitroでスクリーニングをしています。ここでの興味深いポイントは2つです。
1. 変異を入れる箇所の検討
そ もそもGCaMPが光る原理はなんでしょうか。GCaMPは人工的に作られた融合タンパク質で、改変GFPにカルモジュリンとM13が結合しています。そ のため、Ca2+の存在下では、カルモジュリンとM13の構造がインタラクションし、それにともなってGFPの構造が変わり、蛍光強度が変化します。これ より、カルモジュリンとM13がインタラクションするアミノ酸を改変すれば、Ca2+に対する親和性が変わると考えられます。この仮説のもと、変異を入れ る箇所が選ばれ、網羅的に変異が入れられました。まず348種類(!)の点変異を解析した後、有用な変異を最大8種類まで組み合わせて更に94種類の変異 体をスクリーニングし、感度の高いGCaMP6s (slow), 変化の早いGCaMP6f(fast), その中間のGCaMP6m(medium)の3つがvivoでの性能解析に進むことになりました。
2. 効率的なスクリーニング
こういう研究の一番の律速ポイントです。ニューロンはHEKやHeLaに比べCa2+の 濃度変化が素早く、そのピークも低いため、改変タンパク質の機能解析はニューロンで行わなければなりません。しかしながら、これは同時に手間がかかるとい うことを意味しています。それがこれまで大規模かつ網羅的なスクリーニングの律速となっていました。今回筆者たちは、レンチウイルスを用いた比較的簡便な 方法で各プラスミドを海馬分散培養細胞に形質転換させた上で、オーダーメイドの電極で24穴プレートのそれぞれをフィールド刺激し、機能解析をするという 方法を取っています。これが非常に効率の良い方法だったようです。
・STEP2: vivoにおける詳細な性能解析とGECIである強みの証明
色々やっていますが、ここで筆者らが何が言いたいかというと「蛍光指示薬より感度が強い」と「GECIとしてのメリットがある」ということです。
「蛍光指示薬より感度が強い」
・単一活動電位が拾える → 6sだけ、単一の活動電位を拾えると書いてあります。またバースト発火でも100-150ms間隔で起こるものであれば分解可能だそうです。
・スパインイメージングもできる → こちら6sのデータのみなのでたぶん6sだけが使えるんだと思います。
「GECIとしてのメリットがある」
・クロニックな観察が可能 → 少なくとも1-2ヶ月は観察可能、しかも回路の機能を妨げることはない、としています。
・細胞種特異的な観察が可能 → GABA作動性インターニューロンを見ています。ただし用いているプロモーターが錐体細胞にも発現するため、最終的にはスライスにしてPV染色をしています。
生物学的に面白い新発見として、特定の方位選択性がある錐体細胞への入力は、それと同じ方位選択性がある錐体細胞からのものが多くなっていること。また、イ ンターニューロンの樹状突起は方位選択性のある部分に分けることができ、個々の部分の広さは個々のシナプスの間隔より圧倒的に大きいこと(クラスター化し た入力、または、少数のとても強い入力←IpSTと似たコンセプトでしょうか、を反映していると考察されています)が観察されています。単なるツール開発 だけでなく新発見に繋げたのがNatureになったポイントでしょうか。
【感想】
・ この論文で注意しなければならないのはOGB-1と 比較して「より速くかつより高感度」なタンパク質は作られておらず、「より速いがすこし低感度(6f)」もしくは「すこし遅いがより高感度(6s)」なタ ンパク質しか出来ていないという点です。遅いと言っても連続したスパイクを拾うのに十分な速さなので気にしなくて大丈夫と言っていますが…。
・ 細胞種特異的な観察の点ですが、結局免染で確認しているのであまりスマートでないように感じます。methodを見るとPV-IRES-Cre mouseにもインジェクションをしてきちんと発現を確認しているようですが、ラベリング効率が良すぎて樹状突起を長い距離追うことが難しくなるようで す。今回はスパースに発現させるためにウイルスを用いているとのことですが、ではなぜこれをPVインターニューロン特異的なプロモーターを用いてやらな かったのかは不明です。リソースの問題でしょうか。
・AAVインジェクションの5ヶ月後の発現を見たものもサプリ にありますが、GCaMP6sが核内に移行しているようです。GCaMP6sが核内に移行したニューロンの反応性は普通のものと違い方位選択性が殆ど無い とのことです。これがGCaMP6sの特性によるものなのか、AAVウイルスによる特性のものなのかは定かではありません。